アイスクリーム屋さんのアルバイト

「君さ、目玉食ったことある?」

面接でそんな事を聞かれるとは思ってもいなかった。

「目玉ですか?」

と私は困惑しつつも尋ねた。

「そう、目玉」

「この目玉ですか?」と私は私の眼球を指差した。

「勘がいいな、そうそうそう」

「ないです」

面接官である彼は笑いながら「ないかー」と言った。

私は面接に来た。至って普通のアイスクリーム屋さんですと求人情報に載っていた。

本当に至って普通の給与、

至って普通の情報が載っていた。

目玉、と私は頭の中で繰り返す。

「採用」

私は疑問が残ったまま採用された。


都内の街角に佇むこのアイスクリーム屋は

週に3日ほど開店する。移動式アイスクリーム屋さんだ。しかし移動する事なくこの場所にあり続ける。

週の半分以上はシャッターが閉まるのだ。

面接官の彼は島田と言った。

彼が面接の後、そのまま仕事の流れを教えてくれたのだ。

至って単純。顧客に言われた味、サイズの量のアイスを掬い、カップに添える。それでスプーンをつけたら完成。簡単だ。

「じゃあ明日からワンオペだ。よろしく」

そんな、なんて言える余地がなかった。

私ははあと返事をした。

「これ味見してみ」と彼は見本で掬ったアイスクリームをくれた。チョコレートのような見た目をしている。


私は目玉、その言葉が頭を反芻している。


♦︎


私は一口そのアイスクリームを食べた。

味は普通のアイスクリームだ。

「美味いだろ」と彼が言う。

私ははいと答える。

「そんじゃ、明日からよろしくな」

私はカップを持ったまま、ぼーっとしている。


翌日になり、私は置かれたエプロンを見つけ、それを後ろで結ぶ。私はエプロンの下にメモのようなものを見つけた。そこには"ストロベリーポップ"と書かれており、目玉のような絵が添えてある。

私は昨日の彼の言葉を思い出した。

アイスの種類は10種類ほど。

「いらっしゃいませ」と私は客人がくるのを待つ。

アイスじゃんと2人の女子高校生がこちらを見ている。

寄ろうか寄らないかを悩んでいる。

こちらへ来た。私の初仕事だ。

「ストロベリーポップとココナッツミルクのダブルください」片方は言う。

よりによってだ。目玉だ。

私は何か嫌な予感がし、こう言った。

「ストロベリーポップ、今日ないんですよ」

なんて言って。

「あるじゃないですか」彼女はストロベリーポップを指さし言った。もちろんそうなる。

どうする、どのようにして言い訳をするか。

目玉だ。目玉なんかを食わしてはいけない。

「兄ちゃん、もしかしてそれになんか入ってるからか??」

何処かからか来たサングラスをつけた男がいつの間に2人の横にいる。やばい怒られる。なんて私は思ってしまった。

「目玉、入ってるかもな」と女子高校生に彼は教えた。こちら側の人間だったのだ。

「じゃあココナッツミルクで」

彼女は少し困った顔で言った。

「兄ちゃん、ココナッツミルク、

ダブルでサービスしてやんな」

彼女はラッキー、なんて笑みを浮かべた。

私はアイスクリームを掬い上げた。

もう片方の方のアイスも掬い上げ、そちらもダブルをサービスした。

彼女たちが去った後、

「本当に目玉入ってると思うか?兄ちゃん」

彼はどこかの店で買った紙コップの

コーヒーを持ちながら彼は言った。

「ほんとに入ってるんですか」

彼は意気揚々と

「ああ入ってる、うんとたくさんのな」


♦︎


私は恐る恐る聞いた。

「あの、あなたは」

「新小岩」

「シンコイワさん?」

なかなかいない苗字なので不思議に思った。

「あ、最寄駅な」

ハハっと彼は鼻で笑った。

何だこの人はと思いつつも

私は普段通りに戻る。

「まあ何だっていい新小岩でも呼んでくれ」

本題を聞くのを忘れていた。

「あの、すいません要件は」

彼はサングラスを外し、

「え、何も聞いてない?」と言った。

はい、と答えると彼は、

「来るぞ、そろそろ」と言った。

彼は自分の腕にある腕時計を見た。

5、4、3とカウントを始める。

「何が起こるんですか」

帽子を深く被った三人の男が急に

こちらへ向かってくる。

「ドーナツ屋さんだ」

襲われると思い物陰に隠れようとする。

が、特に何の危険もなく彼らは

同時に帽子を上げ、

顔があらわになった。

「これ、うちらの新しいドーナツです」

と後ろに忍ばせていたのだろうか、

左端にいた男がドーナツ箱を取り出し、

こちらへ差し出す。

「お、ありがとなありがとう」

と華奢に新小岩はそれを受け取る。

「健康な人間の肝臓を混ぜ込みました」

驚く束の間、新小岩は箱を開け

ドーナツを食べる。

「んおお、美味い美味い、相変わらずだな」

ありがとうございますと真ん中の男が言う。

なあ兄ちゃん、と新小岩に呼ばれる。

「ストロベリーポップ、3人分」

あ、はい、と慌てて準備をする。

「目玉アイスいちご味ですか」

一人の男が問うと、そうそうと新小岩は頷く。

一個一個とストロベリーポップを

容器に入れる。

「前の小腸の味のアイスも良かったすからね」

と、常人では考えられない会話をしている。

「あれな、すげえ美味いよね」

大体小腸の味とは。

なんて思いながらアイスを差し出す。

「美味いすよこれ」

だろ、と新小岩は言う。

他の面々も美味い美味いと反応している。

私は拳を握りしめた。

徐々に力が強くなる。限界値はすぐそばだ。

「あの、さっきから何の話してるんですか」

沈黙が私を襲う、助けて、助けてくれ。

しばらくした後にもれなく彼らは全員笑った。

それも腹を抱えるほどの大笑いを。

「俺らは、劣悪な犯罪者たちを売ってんのさ」

困惑だ。何を言ってるのかさっぱりだ。

「毎週卸すのさ、

今週は目玉取られちまいましたね」

と彼らのうち一人が言う。

何言ってるんですか、と私が問うと。

「何をって、ビジネスだよ」

もう何が何だか、

耐えきれなくなって私はエプロンを脱いで、

その場から逃走を図った。

もうだいぶ距離が離れたか、

私はまるで夢の中にいる様な感覚に陥った。

街道沿いから外れて、住宅街に入った。

しばらく歩いてると、おーいと声が聞こえる。

それも自分の垂直線上に。

声の方向を見る。

とある大きなマンションの入り口の階段に、

あの男がいた。面接の際にいた島田だ。

彼は呑気に缶コーヒーを呑んでいる。

「逃げちゃったか」

と彼は笑いながら言った。

「もう耐えきれなくなって」

そうかそうか、と彼は俯きながら言う。

「しょうがない、そんな気持ちもわかる」

分かるって、何がと。

私は怒りまで覚えてきた。

「俺らはクライムイーパーって言って、

犯罪者を食べてるんだ。社会貢献だね」

「社会貢献って、

何が社会のためなんですか?」

「そんな敏感にならなくても、君たちはコンビニやレストランでご飯を食べるだろ?

俺たちは言ってるだけで、

至る所に彼らは調理されてるのさ」

嘘だ、と思いながら私は頭を抱える。

「どんな料理にも、だ。

加工食品っていうだろ」

そうなのか、本当にそうなのか。

本当にそうであれば、

本当にそうだとしたら何だ。

何がどうしてどうであれ

何を何としてもそうなのか。

そうであるのか。

「君さ、目玉食ったことある?」

私は少し口角を上げて言った。

「あります」








"遠くにいると恐怖を感じるが、

近くに迫ると、それほどでもない"

~ ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ 『寓話』より~


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