第5話
戦闘は終結した。結果は圧勝。
あまりにも呆気なかった。
私は事の成り行きに驚かざるを得なかったが、後で事情を聞き知るとそれも当然だと思えた。
首謀者のジロラモとその情婦ビアンカが仲間割れしたらしい。原因は接収した貴族達の有した資産の分与にあった。
その配分を巡って両家の両親が、さらに陰謀に加担した他国の君主達をも巻き込み、やがて協力関係は破綻。彼らの離反を招き、またそれを好機と見たトレヴィッツォ市民が激しく抵抗した。
そこに私の率いた一隊が突入し、それを市民が歓迎して門を開いた。
その後の顛末は語るにも値しない。
私はビーチェを裏切った友と、その友を唆した悪女を縛り付けた。
それだけのこと。友の抗議も、悪女の嘆願も、二人の末路も記す価値はない。
そんなことよりも、私はある重大な出来事を記したい。
そう、私が愛したビーチェの埋葬中に起こった奇跡を。
私は奇跡を目撃したのだ。
黒ずんだ彼女の遺体が、瞬時に生前の美しい姿に蘇った瞬間を!
知人達は私がそう語るのを聞いて「狂ったのか?」と言ってきたが、そんなことはどうでもいい。
私にはそう見えた。
それで立派な証明になっているのだから。
◇
あれから二十年。
私は故郷を救った功労者として表敬された後、
忙しい日々が続いた。
だが、私はそんな状況でもあるものを創るための時間を作って、それに熱心に取り組んだ。
右手に
そして、頭に生前のビーチェが見せた屈託のない笑顔を思い浮かべ、私は大理石に命と愛を吹き込み続けてきた。
二十年の積み重ねが思い起こされる。
何度も手を負傷し、血で服を汚してきた。
だけど、私はめげずに励んだ。
あの人の、私が心より愛して止まなかったビーチェの生前の姿を確かに現世に残したかった。
たった、それだけのために私は彫り続けてきた。
この一大事業をやり終えない限りは死ねない。
そんな気持ちで生き続けてきたのだ。
そして遂に、待ち望んだ瞬間が訪れる。
「あとは眼を彫るだけ」
残された眼の部分を彫っていく。
ここにきて失敗は許されない。
ビーチェの
「できた!」
今までの苦労が報われた瞬間だった。
ビーチェが棺から飛び出して、今は私の屋敷の中庭に、天使として蘇った。
こんなに嬉しいことはない!
と、その直後に私の視線は天井に向いていた。
それは
次の瞬間、私は頭を強い衝撃を感じる。
「あなた!」
妻の声が、ビーチェの友人だったジョバンナの悲痛な叫びが、私の
そう、私は個人崇拝をした異端者。
死後、神聖教の説く地獄に突き落とされる運命にある。
でも、いいのだ。そんなことは。
私は、自分が胸に抱き続けた想いを最期まで捨てないつもりだ。
現世における最愛の人は、私に長年連れ添ってくれたジョバンナ。
そして、死後の私にとっての最愛の人は……。
死が近づいてくるのを感じる。
普通なら怖くて仕方ないはず。
けれど、今の私には恐怖など微塵もない。
霧のかかった両目に、愛しのビーチェだけが映っている。
これを超える幸せはない!
涙で目が濡れても、君の姿だけははっきりと見える。
大理石の君が生きているかのようだ!
「あなた、お疲れ様。
◇
妻ジョバンナからの別れの言葉を最後に、私はこの世から旅立った。
愛しのビーチェに、天使の彼女に腕を引かれながら、二人だけの世界へ赴いた。
たった一人の信者に崇められた異端の天使が座する、明るい冥界。
そこに到達した私に、天使はこう尋ねてきた。
「『番付表』のことだけどさ。本当は誰に入れたかったの?」
もう、嘘をつく必要なんてなかった。
「それはね……」
ここから先は麗しの天使とその信者である私の、二人だけの秘密だ。
ビーチェという天使を崇拝した私だけが知りえる、いわば私的空間だから。
誰にも教えたくはない。
でも、もし私達のことをもっとよく知りたいのでしたら、私達の前で宣言してください。
『ビーチェ教の信者になります』と。
もっとも、私が入信を許可するかは保証しかねるし、私と彼女の仲を裂こうものなら地獄に突き落とされる危険性がありますが。
なにせ、この世界では天使ビーチェに崇高な愛を注ぎ続けるこの私、ロベルトが絶対的な権限を有しているのでね。
(完)
我が愛しのマドンナ~中世推しの娘(こ)物語~ 荒川馳夫 @arakawa_haseo111
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