最終課題 ウォール・トゥ・クライム11

 手を繋いで歩いているうちに、正気を取り戻したのか、一葉いちはの顔が見る見るうちに赤くなっていった。かわいいヤツめ。


「なんで八馬堕やまださんを振ったの?」

「あー? それマジで言ってんの?」

「え。だって、昇乃しょうのさんに勝ちたかったのって」

「アイツを見返してやるためね」

「この前の九度雨くどうさんとの試合のあと、昇乃しょうのを振ってアタシと寄りを戻そうとして来たりしてって言っていたよね。初めて好きになった人だとも言っていたから」

「言ってたけど? でも、アタシが寄りを戻したいなんて一言でも言った? あと、今でも好きだとか言った?」


 アタシの言葉に、一葉いちはは口をパクパクさせるだけだった。


「それにしても一葉いちはさ。さっきアタシが尚輝なおきの告白をOKしたとき、めちゃガッカリしてたよね」

「え!? え。あ、いやそれはその」

「ホントに面白いよねー」


 声を出して笑うと、一葉いちはは恥ずかしそうに俯く。


「だって、その、ペアも解消されるかもって」

「それは絶対有り得ない」


 アタシは立ち止まって断言した。一葉いちはの目がまぁるくなる。


「今回アタシたちが一番に成れたのは、一葉いちはがAIでもなく棋士でもなく一葉いちはとしてアタシを信じてくれたからじゃん。AIじゃあ試合中に進化する無敵ギャルを計算することなんてできなかったし、将棋の駒じゃあ無敵ギャルと同じ動きはできなかった。つまりアタシのペアが尚輝なおきやプロ棋士じゃ負けてたってこと」


 言い放って、歩き出す。


「だからアタシのペアは一葉いちは以外には有り得ないから。超安心しといて。来世まで」

「うん」


 行きがけに、医務室から大きな泣き声が聞こえて来た。

 ギョッとなってそちらを見ると、鷹戯たかぎ紺瞳こんどうペアが居た。大人の女の人も一緒だ。その女の人はひなっぴを抱きしめて頭を撫でていた。お母さんかな? 泣き声の主はひなっぴだった。そしてそれを、璃々りりりんが今にも泣きそうな顔で見つめていた。泣きそうだけど、悲しそうじゃなくて、感動してるっぽかった。

 なにがあったかはわからないけど、三人は大丈夫そうだった。


 廊下の先にトボトボと歩く昇乃しょうの尚輝なおきの姿を見た。


「おっすー」


 アタシが声をかけるとぎょっとした顔で尚輝なおきが振り向いた。アンタじゃねーっての。


昇乃しょうのー」

「え、わたし?」


 昇乃しょうのはびっくりした顔をしてた。


尚輝なおきのヤロウさ、試合が終わるなりアタシのとこに来て告って来たんだけど、二人とも別れたの?」

「え?」


 昇乃しょうのが振り返る。尚輝なおきは青褪めている。


「あ、言ってなかったんだ。ま、尚輝なおきってそう言うやつだから。気を付けてね。別にこのまま付き合ってあげててもいいとは思うけどさ。その間アンタを勝たせようと頑張るだろうし。でも、ペアじゃなくて彼氏が欲しいなら別で作った方がいいよ。ソイツはイケメン高身長だけど、金と名声しか考えてないから。やっぱり自分を大事にしてくれる彼氏が一番いいと思うからさ」


 お節介だとは思うけど。


「アンタかわいいから、もったいないじゃん?」

「え!? わたしが……!?」

「うん。自分ではわかってないかもしれないけど。ナチュラルメイクめちゃ上手だよね。アタシにはできない。あ、そだ。今度教えてよ。だからアカウント教えて」


 そう言ってスマフォに自分のQRコードを映して昇乃しょうのに見せた。

 フレンド登録完了。


「今度からかなみんって呼ぶね」

「あ、うん」

「よろしく。みんみん」

「え……かなみんじゃ」

「どっちでもいいじゃん。アタシもどういう風に呼んでもいいからさ」

「あ、うん! よろしくね。燈香ともかちゃん」


 みんみんが尚輝なおきのせいでちゃんと女の子できないのは違うと思うんだよね。

 さっき壁の向こう側で震えてたときのあの雰囲気ももうないし、多分大丈夫だと思う。大丈夫じゃなかったら飯誘ってやろう。


 一葉いちはと手を繋ぎ直して進む。廊下を抜けるとクライミングウォールがそびえ立つ会場に入った。室内から外へ出て、目が眩む。


「あの、さっきの話なんだけど」


 隣を歩く一葉いちはがアタシを見上げていた。


「さっきの?」


 授与式の準備はもう整っていて、インタビュアーの人たちがあっちこっち忙しそうに走っていた。


「うん。八馬堕やまださんに告白されたときに『好きな人ができた』って言ってたよね」

「あー、言ってたかも」

「それって誰——」


 握っていない方の手を一葉いちはに向けて、親指を立てて顎に添える。アゴクイってやつ?


一葉いちはに決まってんじゃん」


 一葉いちはの瞳が輝いて、頬が持ち上がって、それから耳まで真っ赤になった。

 アタシは思わず笑ってしまう。からかったときと同じになっちゃった。でも気持ちは本当だ。今までの男や尚輝なおきとは違う、心からの安らぎを感じることができる。触れ合ってなくても、言葉だけで包んでくれる。これだけの人を、好きな人と呼ばずしてなんと呼べばいいの?


 表彰台の前に来たところでインタビュアーが近付いて来た。メダルかトロフィーか知らんけど、貰う前にインタビューを受けるっぽい。


「あ、あの……!」


 一葉いちはの声だった。インタビュアーのマイクが近いけど、気付いてないっぽい……?


「僕も燈香ともかさんのことが好きです! 入学して初めて声をかけてくれたときから、ずっとずっと燈香ともかさんのことを考えていました! これからもずっとそばに居てください! よろしくお願いします!」


 という一連の告白をすべてマイクが拾っていて、スタジアム全席にいる人たちから歓声が沸き上がった。


 多分アタシも顔が真っ赤になっていると思う。いくらなんでもハズ過ぎる。一葉いちははと言うと、告白したことで頭がいっぱいになっているせいか、周りの様子がまったくわかってないみたいだった。手を前に差し出してお辞儀をして歯を食いしばっている。ちょ、目が怖い。血走ってる。

 アタシの回答待ちって言うか、さっき好きって言っちゃったから、OK待ちになっちゃってる。え、なにこれ。どんな羞恥プレイ!?


 偶然マイクで拾ってしまったインタビュアーが、アタシにマイクを向けている。今度はしっかりと、ちゃんとした意図をもって。


「ヨロ」


 アタシが放った短い2文字に、スタジアムは割れんばかりの歓声に包まれた。


 差し出された手を握ったら、両手でがっちりホールドされた。彼氏の紗々棋ささき一葉いちはに。

 きっとこれからも二人のボルダリングペアは続いて行くんだろうなって思った。

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ぎゃるだりんぐ 詩一 @serch

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