第44課題 ウォール・トゥ・クライム10

 授与式があるとかでアタシと一葉いちはは控室でそのときを待っていた。

 コンコンとノックの音がして、入って来たのは尚輝なおきだった。


「どしたん?」

「祝いに来たのさ。二人ともおめでとう」


 怖いなあ。なに考えてるんだろう。

 ちょっと引いてるアタシを尻目に、一葉いちはは丁寧にお辞儀していた。


「ん? まだなんか用?」


 尚輝なおきはすぐに帰る素振りを見せなかった。


「そこの紗々棋ささきくんに聞いたのだが、燈香ともかはボルダリングで佳奈美かなみに勝って、私に実力を見せつけて寄りを戻したいと思っていたらしいじゃあないか」


 ……ん? え? は?


燈香ともかがそんなにも私を思ってくれていたなんて驚いたよ。そして素直に嬉しかった。彼からその言葉を聞いたとき、すぐにでも君を抱きしめに行きたかったのだが、こちらから振った手前、どうしても素直に行くことができなかった」


 額を押さえてとてもつらそうな顔をしていた。


「だが、今回こうして燈香ともかは勝利した。私も全力を尽くしたが完敗だった。きっと燈香ともかはすぐにでも私のもとに来たいだろうと思った。しかし、試合の直後だ。佳奈美かなみのこともある。気を遣っているかもしれない。そう思ってこちらから出向いたわけだ」

「ふーん。そうなんだ」

「恥ずかしがらなくてもいい……とは言え、そうだな。こういうことは敗者の私から言うべきだな」


 コホンッ。と軽く咳払いをして、尚輝なおきは続ける。


燈香ともか。君の魅力に気付けなかった私が間違っていた。どうか許してほしい。もう一度付き合ってくれないだろうか」


 片膝を突いて手を差し出して来た。ガンギマリロミオじゃん。

 アタシは斜め後ろで控えていた一葉いちはを見た。一葉いちはは緊張しているようだった。

 向き直って言葉をかける。


「いいよ。許したげる。付き合おっか」


 目の端に捉えた一葉いちはがものすごくガッカリした表情をしていた。


「ありがとう。私と燈香ともかなら良いペアになれる。これからも燈香ともかの日本一は盤石だ」


 なるほど。そう言うことね。わかりやすいロミオだねーホント。


「ところで尚輝なおき、さっそくなんだけどアタシ好きな人ができたから別れてくんない?」

「ああもちろん。燈香ともかの言うことならなんでも聞こぉぉおおおおお!?」

「ありがと。そんじゃ別れよ。じゃーねーばいばーい」


 手を振ってお見送り。でも尚輝なおきは困惑している様子でその場から動こうとしない。


「え、ちょっと待って」

「ばいばーい!」


 強めの笑顔で強めに手を振った。どんどんとその両手を尚輝なおきの顔面に近付けていく。風圧で往復ビンタできるんじゃないかってくらい。


 ようやく踵を返して控室を出て行った。


 あとで昇乃しょうのにも教えてあげよう。尚輝なおきは金と名声のためなら簡単に女を振る最低の男だって。

 控室の天井のスピーカーからアナウンスが流れる。


『授与式を行います。みなさまクライミングウォールへお集まりください』


 アタシは、ぽかんと突っ立っている一葉いちはの手を取って控室を出た。


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