第3話

「ええっ、あなた達が自分の力で作りたいの?」



 手足にあたる器官がないのに、服をどうやって縫うのだろう。

 とっても気になる。その姿、ぜひ観察したい。

 ではなくて。

 裁縫初心者の服作りはハードルが高い。針に糸を通す基礎から始めないと。



「ムッちゃんの気持ちは分かるけど、最初は服じゃなくて簡単なものからどう? お揃いのハンカチやタオルなんていいかも。一緒に作ろうよ」



 二匹は互いに顔を見合わせ、体を左右に振る。

 理由は教えられないが、とにかく服を縫いたいらしい。

 ムツメミドリは頑固な面がある。こうなったら、てこでも動かない。



「うーん、でも、服は本当に難しいんだよ」



 裁縫の基礎知識と、服の作り方が記された本を渡す。諦めるかと思いきや夢中で読み始めた。話しかけても返事がない。

 本気なんだ。

 あまりの熱意にだんだん応援したくなってきた。



「この資料も分かりやすいよ。他にも欲しいものがあれば教えてね」



 裁縫道具や素材をまとめたら木箱二つ分の量になった。布地から拾ったばかりの貝殻まで、さまざまなものが詰まっている。

 夢いっぱいの箱をトイレに運ぶ。

 さすがに疲れた。休憩しよう。

 食卓に香草茶とお茶請けを用意する。



「木片クッキーだよ。試しに作ってみたら美味しかったの」



 木片クッキーの原材料は薄氷の木の根だ。枯れて死んでしまったものを使う。

 木は枯れると内部の水が抜け、枝や幹はふやけてしぼむ。残った根には木の養分が濃縮され、神秘的な味が楽しめる。


 クッキーの原材料は、イワカジリがこっそり差し入れてくれた。


 間違えて齧ってしまった根のケガは治ったが、機能は回復しなかったらしい。幹に栄養が運べなくなり、アリ達が協力をして切断に踏み切った。

 イワカジリは根を食べないため、切り取った部分は捨てるだけ。私なら調理できると考え、持ってきてくれたのだ。



「ミルクパンに根っこと氷蜂蜜を入れて、焦がさないようにひたすら煮込むの。根っこが溶けて透明になったら、平べったい容器に移して弱火で焼くんだよ。自信作なの。食べてみて」



 器に並ぶクッキーの形はいびつだ。桶にうっすら張った氷を持ち上げて、地面に落としたときの破片に似ている。

 ムツメミドリがクッキーをつまむ。

 歯並びの良い前歯が表面を削る。ごりごり、がりがり、岩を砕くような重低音が室内に響く。

 このクッキーはとても硬い。木の繊維が口内をチクチク刺し、おまけに歯の隙間に挟まる。とにかく食べにくい。

 しかし味は一級品だ。

 クッキーを噛んだ瞬間に広がるのは湿った土の芳醇な香り。目を閉じれば、まぶたの裏に濃密な森が見える。

 これは木の根に残る大地の記憶だ。

 気まぐれに木漏れ日が遊び、たくましい茶色の幹がまだらに並ぶ。少し奥へ分け入れば休憩中の羽虫や小動物が顔を出す。

 最果て島に住む者が憧れる緑あふれる穏やかな世界がそこにある。

 クッキーを飲み込めば消えてしまう、ひと時の儚い夢。

 あの景色にもう一度出会いたい。その一心で手が伸びる一品だ。


 クッキーはあっという間に残り数枚となった。

 ムツメミドリは目を閉じて動かない。森の匂いと濃密な土の味を堪能しているのだろう。

 良かった。気に入ってもらえたみたい。

 二匹の満足そうな表情を眺めていると、部屋の片隅でなにかが動く。木箱が派手にひっくり返り、中から黒いシルエットが飛び出した。



「僕もたべたーいっ!」



 あれだけ隠れていると言ったのに食欲には勝てなかったらしい。ロアはテーブルに駆け寄ると、クッキーを一口で平らげた。

 硬い、牙が折れそう、爽やか、甘い、などと唇の端から感想と共に欠片をこぼす。

 まったく、行儀が悪いんだから。後で床の掃除をやってもらおう。



「クッキーを出すなら先に言ってよ」

「ロアは昨日食べたでしょ」



 不満を漏らす狼に緑の球体が近づく。ロアは毛を逆立てた。

 挨拶代わりの頬ずりが終わらない。仲良くしたい相手には自然と長くなるのだ。

 ムツメミドリはロアがお気に入り。黒毛狼の中でもロアの体毛は特にふかふかで、すり寄りたくなるらしい。



「そうだ、こいつらがいるのを忘れてた! もうっ、離れてよ。すりすりは嫌だってば!」



 ロアはムツメミドリに挨拶をされると鳥肌が立つ。夜中に怖い夢を見て、飛び起きるときの感覚に似ているそうだ。

 ロアがいくら苦手でも、ムツメミドリがいないと清潔なトイレは使えない。逃げ回りながらも二匹をしっかり拒めないのが辛いところだ。



「ムッちゃん、そろそろ頬ずりは止めようか」



 スキンシップが終わらずロアの顔色が悪くなってきた。力なく舌を垂らし、言葉数が少ない。これは助けが必要なサインだ。

 二つの球体を引き離すが、もっとしたいのか目尻をつり上げた。不機嫌全開の体当たりを黙って受け止める。

 ムツメミドリの挨拶は習性だから悪気はない。だからといってロアの我慢にも限界がある。

 仲良くなれなくても程よい距離感で付き合えればと思う。でも互いの様子を見ていると厳しいのかな。



「リリィ、こいつらが頬ずりをできないように、琥珀ナメクジの粘液でもかけて、べったべたにしちゃってよ!」

「ムッちゃんは頬ずりを我慢できないんだよ。私達が息をしたり、瞬きをするように、本能に備わったものなの。気持ちは分かるけど、あまり怒らないであげて」

「本能なんて分からない。ぜーったいに分からない。僕はもう一度お昼寝するんだ。今日はほっといて!」

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花惑う少女は、世界の果てで幻想スローライフを紡ぐ @hosihitotubu

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