第4話 山田と田中
大きな本を開くかのように、獅熊はゆっくりと態勢を立て直した。あいつは思慮が欠けている、と思い、心の中でため息を吐いた。だから気づかなかったが、前にいる飯塚は、さっきからずっと獅熊の目を見ていた。
あっ、と思った。何か見抜かれたのではないか、と。飯塚は、そういう鋭さ、感覚を持った人間のように思える。
しかし、「身体はでかいのに。そういうところあるよな、山田は」と愉快げに笑うだけだった。飯塚はいまやってきたレモンサワーにそっと口を付ける。
どうやら、いまの獅熊の反応は、それほど不自然に見えなかったみたいだ。身体の大きな部下の気弱な部分が見えて、少し面白かった、というだけのよう。
獅熊は苦笑いをした。普段もそう見られているということだ。確かにこんなに身体が大きくて、物騒な見た目をしていても、周りからは「優しそう」とか「誠実そう」などとよく言われる。職場のとある中年女性から「ガーデニングしてそう」と言われたのは何なのか分からないが、とりあえず悪くは見られていないということだ。
そういう性格にならざるを得なかったのだ、というのはある。この見た目で性格まで物騒なら、至る所で危険人物だと噂されるに決まっている。
「それにしてもいいな、このお店。なんというか、活気がある」
飯塚が言った。海鮮料理はもちろん、お酒も充実している。しかし一番充実しているのは、お店自体の活気のようだった。
「そうですね」獅熊が答える。
「それこそ山田、いまのスタッフさん。声が大きくて元気で、好感が持てるな」
飯塚はその店員の動きを眺めた。いまレモンサワーを持ってきた男の店員だ。店内を縦横無尽に駆け回り、あっちから、そっちから、大きな声が聞こえてくる。はい! かしこまりました! はい! 失礼致します! 見なくとも、その声でどこにいるのかが分かった。
野球の道を通ってきたからか、そういったはつらつさ、元気さが、飯塚は身に染みてグッと来るのに違いない。そしてそういうのは獅熊にも、分からないことではない。
ただ、と思いつつ、獅熊はその店員に目をやる。
残念ながら、思慮を欠いているとしか思えない。獅熊は、眉をひそめる。
「まだお店が新しいってのもあるだろうな、賑わってる。でもそれだけじゃない。きっと彼のようなスタッフを中心に、活気のあるお店が作られているんだろう。いるよな、稀にそういう、集団を導いてくれる素晴らしい人間は」
飯塚はそう言うと、レモンサワーに口を付けた。獅熊は頭の中で、飯塚がいま言った言葉を反芻してみる。集団を導いてくれる素晴らしい人間。
イメージに浮かんだ、
獅熊は表情を緩めて、それは冗談でしょう、と思った。実際、それは冗談でしょう、と心の中で言いつつ、飯塚の顔を窺ってみた。しかし、飯塚は微笑み、感心して頷いているようだった。田中君か、素晴らしいな、とその店員の腰につけてあるネームプレートを見て、飯塚は言っている。
獅熊は心の中で表情を引っ込め、静かに、抗議したい気持ちに駆られた。違います、と真顔で。あいつはそんな奴ではありません。冗談じゃありません、と。
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