第11話 飯塚知也
「鮫島の体重だが」
雁馬はまた、「ん」とも「あ」ともつかない適当な返事をする。「んぁ」という感じだ。
「八十二だよな」
獅熊が言うと、雁馬は「おい、これテレビ繋がらねえぞ! 獅熊」と言った。
会話が噛み合わず、そこで静かになり、目だけが合った。こういうところだ。獅熊は思い切り睨んでやろうと思ったが、雁馬が子供みたいに困った顔をしてリモコンを持っていたので、仕方なくはあ、と心の中で大きなため息を吐いてから、リモコンに手を伸ばした。死体は一旦、床に置く。
電源は、点いているようだった。しかしチャンネルボタンを押しても、局が変われど映像が流れないみたいだ。でも入力は地デジに入っている。そこで獅熊はチラ、とテレビの配線の方を見た。なるほど、と思った。
「アンテナケーブルを繋いでないんだろう。見ない人は見ない」
言ってみて、そこで急に、獅熊の思考の中にある景色のようなものの解像度が、グッ、と高まった。アンテナケーブル? 長い名前だな、と雁馬が言うのは無視だ。獅熊の頭の中で、これまで視界に流れていたとりとめもない映像、匂い、イメージの記憶がタイミングよく重なって、意味のある何かが現れてくる。しかしまだ、足りない。重なって現れた線はまだ少し、ぼやけている。
獅熊は、足元にある死体を見た。そしてリモコンを机に投げ置き、部屋にある箪笥や押し入れを開けていく。
「獅熊、アンテナケーブル買いに行こうぜ。アンブルだ、アンブル」
獅熊は急いで「何か、ないか。鮫島を証明できるものは」と探し回る。雁馬はリモコンを手に取って、ポチポチとボタンを押している。いくら押しても、暗闇の画面が切り替わるだけだった。
ポチポチ、ポチポチ、ああ、退屈だなあ、と思っていたものの、しかし雁馬は三十秒ぐらいして、ある重大なことに気が付いた。
リモコンのボタンは、数字ボタンだけではない。
どの数字を押しても画面が真っ暗な中、テレビ番組以外の選択肢を思いついた自分はさすがだと雁馬は思った。さすが、将来ハイパースターになる男だ、と。最近のエンタメはテレビ番組だけじゃなく、色々なコンテンツがあるのだ。
NetFlixのボタンを押してみると、【アカウントを選択してください】と画面に表示された。それぞれ名前の付いたアカウントが、四つ画面には映っている。
雁馬は「獅熊、これどれでもいいのか?」とソファから声を上げた。分からないことは獅熊に聞くに限る。
獅熊は押し入れの方で探し物をしており、返答がなかった。何やってるんだ、やれやれ、と雁馬は思った。あいつはいつも何かと、気が張っている。
「まあ、いいか」
四つのうちの一つ、【飯塚知也】を選択すると、トップページが開いた。【今日のあなたへおすすめ】として、昔に流行った野球ドラマが紹介されている。十字ボタンを操作していろいろ見てみると、どうやら、野球に関連したドラマや映画を【飯塚知也】はよく見るようだった。
「おい知ってるか、鮫島ちゃんは野球が好きなんだぜ」
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