第10話 ヤクルト
「なんだ」
「こいつ、ヤクルトとか飲むタイプだぜ。鮫島ちゃん」
そんなことか、と獅熊は反応せずに死体を動かす。
「シンクもキレイだ。掃除も行き届いてる。俺の部屋とは大違いだな。こういうのをイケオジって言うんだろ?」
雁馬は戻ってくると、ソファに腰を下ろした。件のヤクルトは、一本は飲みながら、あと三本持ってきているようだ。
「美味いよな。量もまたいいんだよな、これ」
雁馬は、少ない量をちびちびと飲みながら言う。お前どうせ四本飲むんだろ、と言いたくなるが、獅熊は噤んで、「なあ、お前これ運んでみないか」と言ってみた。
雁馬はヤクルトに口をつけながらあからさまに顔をしかめた。
「なんでだよ」
「教えてやるから。やってみろ」
「やだね」
とは言ったものの、獅熊が肩や腕を使い、介護士のように手際よく死体を起き上がらせる様子を見ていて興味が湧いたからか、またはちょうど一本目を飲み終わってキリが良かっただけか、雁馬は「よし、教えてみろ」と半ば強引に代わった。
獅熊は、こう指示した。
まず、仰向けになっている死体の左横に、同じように仰向けになる。次に死体の右脚を、自分の右脚でしっかりとひっかける。自分の腰は上に乗るような感じだ。そして、右腕を両手で引っ張るとともに、右脚にも力を入れて、左へ回転して死体を背中に乗せる。あとはそのまま立ち上がるだけだ。
——分かった、簡単だ。
そう言った雁馬は、途中までほとんど良かったものの、回転する際に勢いあまって背負い投げのようなことをしてしまい、鮫島の死体を近くのビデオデッキに激突させた。うるさい音が響き、上に置いてあるテレビがぐらぐらと倒れそうになる。何やってるんだ、と獅熊は思った。
「いやあ、難しいな」
淡々と嘆く雁馬は、今後は死体の右隣に並んで寝そべった。さっきとは逆の手足を使えばいいわけだ。死体の左脚を自分の左脚で引っ掛けて、左腕を、両手で引っ張り回転する。そこまでは良かった。しかしそこから、さっきと全く同じことをした。鮫島の死体がソファの方向へ投げ飛ばされる。軽々と飛んで行く死体を見て、やった本人である雁馬があれ? と目を丸くしている。
「何をしてるんだお前は」
呆れて獅熊が言う。二回目はなんなら、投げ飛ばす目的でやっているようにも見えた。そういう力の入れ方だった。
雁馬は寝転がったところから脚の反動を使ってほっ、と立ち上がると、「いやあ、癖だな」と言った。
「癖?」
「俺は攻撃だ。攻撃のことしか考えない。鍵を開けたり後の始末をするのは獅熊、お前の仕事だからな」
任せた、と言って、雁馬はまたソファに座る。どんな癖だ、と思ったが、確かに獅熊も、どうやって鍵を開けるか、物を運ぶか、ということをいつも癖のように考えているかもしれない。だから雁馬に「一緒に行こうぜ」と言われて、来てしまったというのもある。
「ん、おいこれ」
雁馬が言った。さっき飲み干した空のヤクルトの容器を、しかめ面で睨んでいる。
「切れてるじゃねえか、賞味期限」
苦言すると、雁馬は舌を出した。うげぇと演技のような顔だ。獅熊は、味変わらないだろと思いながら無視して、その近くで鮫島の死体を軽々と片腕で担ぐ。
「ダメオジじゃねえか、おい」
担がれた死体に雁馬は文句を言った。当然、死体は何も答えず、静かなままだ。「なんだ、寝てんのか」と雁馬は睨んだ。
「お前がやったんだろ、顔見ろ。忘れたか」
獅熊が言うと、ああ、そうだった、と雁馬はどこまで本気なのか冗談なのか分からない受け答えをした。しかしヤクルトに関しては、二本目には手を付けなかったから本気のようだった。
手持無沙汰に、雁馬はソファの前のテーブルに置いてあるリモコンを手に取った。
ん? ——。
獅熊は、意図して少し膝を曲げてみた。右肩には、鮫島の脱力した死体が乗っかっている。右肩、太もも、膝、足の裏に二人分の体重がかかる。これまで何百人も死体を担いできた獅熊は、担いだとき、一キロ単位で重さが分かる。
「おい」
獅熊が言うと、雁馬は「ん」とも「あ」ともつかない適当な返事をした。
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