第3話 巨漢の獅熊
獅熊が答えると、飯塚は「え、なかったのか?」と意外そうに言った。目を大きく開いて、意外なこと、を強調するようだ。
「はい」
「へえ。でもその身体は、何かスポーツはやっていたんだろう? ラグビーとかアメフトとか」
飯塚は両手で計るように、獅熊の身体を表現した。腕は太く、胸板は厚く、肩は広い。背丈は一八六センチもある、獅熊は巨漢だった。
「いえ、これは自然と」
物騒な世界で生きてきたので、とは答えられないから、獅熊はうやむやに答えた。いや、自然とそうはならないだろ、と言われると思ったが、飯塚は「へえ」と言ってジョッキグラスを傾け、少し溶けた薄味の氷を飲み、それから普通の感想として、「凄いな」と言った。
「絶対、誘われたりしただろ。高校とか、大学とかのとき、運動部の勧誘でよ」
意外にも飯塚は興味津々という顔で聞いてくる。獅熊はその前のめりさに、少しのけぞる思いだった。
「そうですね、ラグビー部とか、アメフト部とか」
獅熊は答える。実際は高校にも大学にも行っていない。
「だよな。自然でそれなら、しっかりやってたら凄い選手になってたんじゃないか」
もったいないなあ山田、と、自分のことではないのに、飯塚は愉しそうに話す。
獅熊は苦笑いをした。嘘を吐くのは、あまり得意ではない。できるなら嘘を吐きたくないと思う。悪いな、と思う。本当だ。飯塚が愉しそうにその話をするから、それもなおさらだった。
瞬間、——。
獅熊が跳ねた。右後ろから何かが来た。得体の知れない黒い影が突然、間合いに入って来たのだ。
一瞬で抹消まで、獅熊の五体に警告が行った。お尻の浮きが戻らぬうちに左へと身体をねじると、無意識に脇を閉じた。机の下では、小さく戦闘の構えを取っていた。
「お待たせしました! レモンサワーです!」
大きな声がする。見ると、伸びてきたのは手だった。さっきの、声がうるさい男の店員だ。レモンサワーをコトン、と机に置くと、「それでは! 失礼致します!」と大きな声で言って大袈裟に頭を下げて、スタスタと戻っていった。
なんだ、と獅熊は眉をひそめる。お前か。
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