第8話 鮫島の部屋
塀を飛び越え、屋根を軽く走り、街に設置されている監視カメラを悠々とすり抜けていく。ここら一帯の監視カメラの位置と方角は、全て獅熊の頭に入っている。
すぐに鮫島のマンションの裏に来た。マンションの入り口にも監視カメラがあるため、ここから外壁を登って侵入するのだ。
三階の奥から二番目の部屋が、鮫島の部屋だった。あっという間に辿り着く。獅熊は振り向き、雁馬に目をやった。獅熊と同じく、汗一つ掻いていない。飄々としている。
「一人で十分だ」
獅熊が言うと、雁馬は目を見開き、「そうか? 考えたこともなかった」と言った。今回の仕事は、かなり簡単だ。
鍵穴に合鍵を挿し込む。ゆっくりと回すと、密かに開錠する音が聞こえた。ドアノブに手を掛け、ゆっくりと引く。軋む音がしつつ、じわじわと開いていく。隙間から見える玄関は真っ暗で、物音ひとつしない空間が広がっている。
簡単だな。
獅熊は思った。見ると扉には、U字ロックがかかっているだけだった。こんなものは糸を引っ掻ければすぐに外から開けられる。
獅熊は腕時計に仕込んである糸を摘まみ出す。二メートルほど伸ばせ、針を調整する横のネジをカチ、と押すと吸い込むように巻く仕組みだ。殺しにも使える。
出した糸をU字の先端に通し、伸ばして、ドアの上に垂らす。そのままドアをギリギリまで閉める。あとは外からその糸を、横に引っ張るだけだ。
作業をしながら、獅熊は考えていた。こんな普通のマンションに住んでいる時点で、ちょっと簡単すぎる。鮫島は頭が良いと聞いているが、買い被りだったのか。監視カメラはマンションの入り口にしかなく、各階は野ざらしだ。もし自分がその立場でその状況なら、安くていいからもう一つ鍵を取り付ける。それか自分で防犯カメラを設置する。それだけで大きな抑止力になる。ヤクザの幹部ともなれば、殺し屋でなくとも恨まれている相手からいつ襲われるとも限らないだろうに。
糸を横に引っ張ると、——ガチャ。扉の向こうで開錠音が響いた。空いたぞ、と後ろを振り向いて小声で言うと、雁馬はん? ああ、と興味がなさそうに突っ立っていた。
「たまにはお前一人で行って来たらどうだ」
獅熊がドアを開けて言うと、雁馬は「一人か? いいが」と言って、すたすたと玄関に入っていく。獅熊は奥を覗いてみるが、何も見えず、真っ暗だった。
雁馬は土足で踏み入っていく。しかし真っ暗な奥を見て不安になったのか、一人での仕事は難しいと思ったのか、何なのか分からないが、とりあえず振り向いて獅熊の目を見た。
「一緒に行こうぜ」
それを聞いて、獅熊は顔をしかめた。首を横に振りかけるものの、結局は無言でドアから手を離して、獅熊も入っていく。
「鮫島ちゃんどこですか、と」
声を押し殺すでもなく、雁馬は前へと進んでいく。パチ、パチ、と照明を点けて進んでいく様子は家主のようだったが、数分後には本当の家主を殴って始末するのだ。
「あ、いた」
リビングの電気をつけると、鮫島がいた。あ、いた、と獅熊も思った。普通にそこにいた。いなければ仕事ができないからそれはそれでよかったが、ただ一つ予想外だったのは、その鮫島が拳銃を向けて立っていたことだ。仁王立ちで、右手に拳銃を持って雁馬へと向けている。
「誰だ。お前ら」
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