8話 公安警察五課


 小鳥が囀る声で僕はゆっくりと目を開ける。 今日は何とも清々しい目覚めだ。 うまく言えないが何かこう心の中に合った蟠りのようなものが消えた感じがする。 背伸びをしてベッドから下り、洗顔と歯磨きをするために洗面へと向かう。


「フンフンフン♪」


 あまりにも気分がいいので鼻歌が勝手に出る。 今日は良い一日となりそうだ。 スマホを取るために机に向かうと見慣れない封筒が1つ置かれていた。


「……?」


 デフォルメされたライオンが端に描かれたピンクの封筒だ。 僕の趣味ではない。 一体これは何だろうか。


 開封するか否か悩んだが、僕の部屋に置かれてあったものだ。迷うことは無いだろう。 封を開けるの2枚の紙が折りたたんで入っていた。 紙を開き中身を検める。


「……なんだよこれ」


 そこには逮捕状と大きく書かれ、僕の名前や罪状が書かれていた。 罪は、人殺しだ。 何かの悪戯だろうと僕は思い、もう1枚の紙を確認する。 そこに書かれていたのは。


『突然のお手紙。 驚かせてしまって申し訳ございません。 しかしまずは、”運命を動かしませんか?“』


 と、書かれておりこの前行った人生初の高級喫茶店と時間が書かれていた。 そして手紙の隅には……。


 ――ジェーン・スミス――と記載があった。


「やばいやばいやばい……」


 僕はとんでもないものに目をつけられてしまったと自分の不運を呪わずにはいられなかった。


 行くべきか、無視すべきか。 いや行くべきだろう。 こんなものは冤罪だ。 だって僕は人を殺したことがない。 それは夢では沢山殺したかもしれないが、夢の中でさえ人を殺すことが罪になるのだろうか。 そもそも何故ジェーンはこの事を知っている? 疑問と不安と焦燥感が募り、時間だけが過ぎていく。 手紙に書かれていた約束の時間まではもうすぐだ。


 ――行こう――。 行って弁明しなければ。 そう決断し、とりあえず店長に電話を掛けることにした。 今日は休む旨を伝えるためだ。


 スマホを手に電話を掛けると5コール目ぐらいで店長と通話が繋がる。


「お疲れ様です。 あのー……。 急で申し訳ないんですが……」


「ああ。 ジェーンさんから話は聞いてるよ。 何でも今日は葉月君、店に来れないと。 本人から休むって連絡があるだろうけど前回とまた話に付き合ってもらう代わりにジェーンさんから報酬を貰う事になっている。 出勤扱いにしとくので行ってくるといいよ」


 ジェーンは最初から僕が会いに行くと。 そしてこうして店長に電話をかけるだろうと予測していたのだ。


「そうですか。 すいません。 ……じゃあ行ってきます」


 そうして僕は通話を終え、この前の喫茶店に向かうのだった。


「葉月さん。 こんにちは」


 喫茶店に行くとジェーンは、この前と同じ席に一人で腰をかけ、紅茶を飲んでいた。


「……座らないんですか?」


「いやまあ。 座るけど……」


 ジェーンに着席を促され、僕は高級感溢れる椅子を引き、腰を掛ける。


「お食事は済まされましたか? この前と同じようにお好きなものをご注文下さい」


 ジェーンはメニューを手渡してくるが、僕はそれを必要ないと手で合図する。


「何と言うか……。 食事なんてとても喉を通らないよ」


「でしたら紅茶だけでも。 この前と同じやつでいいですよね?」


 そういってジェーンは勝手に注文する。


「それで……」


「まあびっくりしますよね。 逮捕状なんて普通の人生を送ってれば見ることが無いでしょうから」


 そう言って優雅に紅茶を嗜むジェーンは僕の心を見透かしたように言う。


「これって本物なの?」


「はい。 ですがまだ表に出していません。 私がこれを出せば成立しますが、現在で言うと何の効力もない紙切れです」


 つまりだ。 ジェーンの機嫌次第で僕の人生が決まるという事だ。 罪状は”人殺し“こんなのが成立してしまうと僕は情状酌量の余地なし、間違いなく殺処分だ。


「一応。 冤罪だと思うんだけど。 アンタにそれを言っても無駄なんだろうな。 僕はどうすれば、何をすればいい?」


 ジェーンのこの立ち振る舞い、優れた頭脳。 ジェーン・スミス。 この存在そのものを以ってして僕なんかが到底敵わない相手だというのが昨日の時点で分かり切っている。 ジェーンがすると言えば絶対に可能としてしまう。 僕の弱い部分がそれを嫌というほど実感している。


「冤罪ではありませんよ。 人もそうですが亜人もあなたは手を掛けています。 証拠です」


 そういってジェーンは写真を一枚懐から取り出し机の上に置く。


「これは……。 僕だな……」


 少し雰囲気が違うような気がするがそれは僕だった。 だがこんな写真撮られた覚えはない。


「昨日、銀行襲撃の話をしましたよね? これは深夜そこで撮られた写真です。 葉月さんは、私の部下たちを襲いに来たのです。 いや、正確には葉月さんではないのですが」


「……?」


「話せば少し長くなりますが……」


 こうしてジェーンは昨日合った出来事を僕に話した。


 僕の病の本質。 僕の中にもう一人の僕が存在しているという事。 それがあの恐ろしい”鬼“だったことを。


「……信じられない」


 ジェーンからの話を聞き終えた頃には紅茶は既に冷めていた。


「無理もありません。 一番手っ取り早いのはあなたの中に今は眠る零さんと対話することでしょうけどそれは儘ならないでしょう」


「いやアンタの話だ。 嘘は無いんだろう。 僕も何かがおかしいとはそう薄々思っていたから……」


「昨日会ったばかりの私の話を信じていただけて光栄です」


「それで……」


 僕は一呼吸置いてジェーンに尋ねる。


「僕はどうすればいい?」


「そうですね。 葉月さんにはもう言ってもいいですね。 私達の事を」


 ウェイトレスがやってきて空になったジェーンのティーカップに紅茶を注ぐ。 ジェーンはありがとうございますと言ってウェイトレスが去っていくのを見て呟く。


「私は、私達は公安警察です」


「公安警察……? 亜人が……?」


「ええ。今は一部の者にしか知られてないですが私たちは通称”五課“と呼ばれています」


「五課……」


「亜人達のみで構成された課です。 新しく出来ました。 ”目には目を歯には歯を“という感じで主に私達の仕事は亜人に関わる犯罪について対処しております」


 僕はなるほどなと思った。 ただ者ではないと思っていたがジェーンのあり様から納得できる線だった。


「葉月さんには五課に入って欲しいのです」


「アンタの話は分かった。 嘘も言ってないんだと思う。 ……でもなんで僕なんだ?」


 僕はそう疑問に思う。 確かにジェーンは戦力が欲しいのかもしれない。 でもそれは”僕“じゃなくていいはずだ。 例えば何らかの手段で僕を眠らせ続け、”鬼“だけを出し続ければいい。 そこに僕の意思など必要ないのだ。


「先ほどもお話ししたともいますが。 零さんは葉月さんの考えを元に行動しております。 要するに零さんを制御できるのは葉月さんしかいないわけです」


「説得はアンタの得意分野だろう? ならアンタのいう事を聞かせればいいじゃないか」


「そうじゃないんです葉月さん」


 ジェーンはそう言ってティーカップを置く。


「例えばよく切れる剣があるとしましょう。 何でも切ってしまうそれはもうすごい剣です。 私の部下の”剣士“が使えば凄まじい能力を発揮するでしょう。 でも私は剣を扱えません。 私が持ったところでそれはただの棒切れになってしまうのです」


「……」


 ジェーンは少し間を開けて話し続ける。


「剣は”剣士“が使うから本領を発揮するのです。 零さんは剣ではないので少しニュアンスが違いますが。 そうですねぇ……。 ”鬼“ですから”騎士“ならぬ”鬼士きし“と言ったところでしょうか。 それになって頂きたいと思っております」


 ジェーンはそう、言ってのけた。


「……僕には無理だよ。 そんなものになれる自信が無い」


「何故ですか?」


「僕は、自分の事が嫌いだ」


「私は葉月さんの嫌いな部分なんてありませんが?」


 僕は、どうしようもない自分の弱い所をジェーンにぶつける。


「優柔不断な所が嫌いだ」


「考えを沢山持ち、慎重に物事選べるという事でしょう。 いいところです」


「容姿が嫌いだ」


「確かに中性的な顔立ちをしており、男らしさというのがあまり無いかもしれませんが、どこにでもありふれている容姿ではありません。 いいところです」


「学が無い所が嫌いだ」


「私は葉月さんとの会話をしましたが頭が悪いような印象は見受けられませんでした。 でも葉月さんがそういうならそうとしても学が無いということは今から正しい知識が入り込めるだけの余地があるという事でもあります。 いいところです」


「怠け者の所が嫌いだ」


「この仕事をするにあたって真面目な人ほど先に潰れていくんです。 プライベートと仕事の切り替えができないんでしょうね。 かくいう私も実はあまり仕事熱心では無いのですよ。 好感が持てていいところです」


「ひねくれ者の所が嫌いだ」


「周りに合わせる必要なんてないんです。 それだと何の主張も無い一方性だけの世界しか作れないからです。 葉月さんが思うことをやればいいんです。 そしてそういう人間は組織という場所には必ず必要なんです。 いいいところです」

 

「亜人島に住んでいる僕が嫌いだ」


「嫌いでよかったです。 この島の閉鎖的な空気は少し風通しを良くする必要があります。 飼い慣らされてない。 いいところです」


 僕が嫌いな所を悉くジェーンは否定し続ける。


「……僕は」


「葉月さん」


 そうして何も言い返せなくなった僕にジェーンは言う。


「私は、私達は、あなたが必要なんです。 あなた以外じゃ務まらないんです」


 そうジェーンは笑う。


「僕に……。 出来るだろうか?」


「出来ます。 私達も精一杯努力させて頂きます。 貴方を立派な”鬼士“にしてみせます」


 そこまで言われてしまったら。 僕はもうその手を取るしか無いのであった。


「……よろしく。 ジェーンさん」


「リオンです」


 目の前に手を差し伸べられる。


「キング・リオンです。 名前負けしてるところはありますが、ここから巻き返してみせます」


 彼女の手を取り心の中で反復する。 ――キング・リオン――


 それは確かに王と呼べるに相応しい彼女らしい名前だった。

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眠れる鬼と百獣の姫 @uniki0623

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