眠れる鬼と百獣の姫

@uniki0623

プロローグ 亜人


 亜人。 それは200年前突如として生まれた人のような”物“だった。 人間とは異なる器官を持ち、異なる習性をもつ存在。 一時期は人間の進化系だと話も上がったがそうはならなかった。 それは人類、純人類がその力に恐怖したからだ。 もし仮に人類の進化系と呼べば、現存している人類はどうなるのだろうか。 亜人が増えれば増えるほど劣等種と格付けされるかもしれない。 そうならないためにも当時の人類は逆に亜人を”劣等種“として扱うことにしたのだ。 なんの因果かはわからないが同時に浮かび上がってきた島。 タイミングがいいとも呼べるだろう。 人類はその島を開拓し、亜人達を隔離することにした。 そうして人類たちの一方的な悪意で、できたのが亜人島。 別称隔離島である。


 この島に住む者はほとんどが亜人で構成されており、観光資源を礎に成り立っている。 本島から来訪する人類達は上客と言えるだろう。 しかし利益になる人類だけが来訪するとは限らない。


 「全く、ちょろいもんだよなぁ。 亜人島ってのは」


 そう嘲笑と同時に言葉を呟いたのは目出し帽を被った黒ずくめの人間だった。 同じような恰好をした3人の男たちにそう投げかけたのだ。


「全くだ。 警備も本島とは比べ物にならないぐらい杜撰。 おまけに、物は高く売れるからな 」


 仲間の一人が応じる。 男たちがいるのは深夜の工業区画にある製薬工場だ。 警備が薄いのをいいことに手練れた手つきで強盗を決行し、薬品の入った段ボール箱をミニバンに積載しているのだ。


「全く。 亜人様様だよ。 これでまたしばらくは遊んで暮らせる」


 男たちは所謂常習犯で過去、何度もこの手法で盗みを働いている。 それはその手際の良さから伺えるだろう。


「よし、もう積めねえな。 じゃ、出発するか」


 そう言って男たちは車に乗り込み発進させる。


「今回も楽勝だったな」


 助手席に座る男は目出し帽を脱ぎながら上機嫌に仲間へと語り掛ける。


「バカ。 いくら何でも油断しすぎだろ!」


 ハンドルを握り運転する心配性な男の言葉に耳を傾けず、目出し帽を脱いだ男は煙草に火をつける。


「大丈夫だ。 万が一見つかったとしても…… 」


「亜人には俺たちを裁けない、か」


 後部座席に座る男はそう言葉を繋げる。 男の言った通りである。 亜人たちには基本的な人権というものが認められていないのだ。 例え人間が亜人を殺したとしても大した罪に問われることはないだろう。 人間が動物を殺しても罪にならないのと同じである。


「でもあの噂。 聞いたことがあるだろ? 亜人島の夜に”鬼“が出るって」


「ハッ!」


 煙草を咥えた男が笑い飛ばす。


「あれは、亜人たちのデマだよ。 そんな噂を流しとけば俺たちみたいなんが減ると思ってるんだろう」


「それもそうか。 亜人だしな」


 運転する男のその含みのある言葉は裏付けがある。 現在確認されている亜人は殆どが昼行性なのだ。 夜は基本的に活動しない上に無理に行動しようとしても身体的に制限がかかる。


「万が一の時の為にこいつもあるしな」


 そう言って煙草を咥える男の手には拳銃があった。 男たちは全員武装していたのだ。


「まあそんな事にはならないだろうけどな」


 後部座席に座る二人が妙に静かなのは疲れて寝ていたからだ。 助手席に座る男も大あくびを一つし、それに倣おうとする。 煙草を外に投げ捨て目を閉じる。


「……」


 車内は静謐に満たされ、深夜の寝静まった亜人島を走行する。


 1時間ぐらい経っただろうか。 男たちは車の急ブレーキで目を覚ます。


「おい、どうした」


 助手席に座る男は目をこすり車を運転する男に声をかける。 後部座席に座る男たちも同様に目を覚ましたようだ。


「いや、急になにかが飛び出してきて……」


 助手席に座る男は前方に目をやると、車のヘッドライトに照らされ、人型の”何か“が立っていた。 黒い外套にフードを被ってるせいで詳細はわからない。 運転する男がクラクションをしきりに鳴らすがそれは動こうともしない。


「おい、お前! そこをどけっ!」


 しびれを切らし助手席の男はウィンドウを開き、目の前のものにそう呼びかける。


「どけ? そいつはぁ無理な相談だなぁ……」


 男の声だった。 車は細い路地を走行しており、外套の男が退かない限り再び走行はできない。 助手席に座る男は車内の男たちに目配せする。 男たちは銃を手に車を降りる。


「お前、亜人か?」


 4人に銃を突き付けられた外套の男はなんの衝撃も受けずに答える。


「ああ。 そうだとも。 劣等人種の馬鹿ども。 こんばんわ。 亜人島へようこそ。 いや、さようならだなぁ! アッハッハッハ!」


 耳障りな笑い声が狭い路地に響く。 男たちは銃を向けながら判断に迷う。 撃つか。 撃たないべきか。


「銃を向けてもいいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだってなぁ! なんのセリフだったかなぁ!」


 何かがおかしい。 圧倒的優位の立場にある男たちに警鐘が鳴っているが助手席に座っていた男は平然を装い、なんとか言葉にする。


「亜人か。 じゃあこれの怖さわかるよな? 亜人殺傷弾だ。 掠っただけでも体が腐り落ちるぞ」


 男の言葉に嘘偽りはない。 亜人殺傷弾。 普通の銃弾とは違い、亜人を殺す為だけに作られた特製弾だ。 その名の通りどんな亜人であれど、亜人の体細胞に反応し、取り込む、否、触れるだけどもその個所を腐食させる。


「ふーん。 撃たないの? 撃ってみれば?」


 興味の無さそうに外套の男はそう言葉を返す。


「後悔するなよ……」


 バンッ! 乾いた銃声が鳴ると同時に目の前の亜人は倒れる……。 倒れるはずだった。


「はい。 残念でした! 切り札無くなっちゃったねぇ! じゃあどうする!?」


 そこには笑いながら放たれた銃弾を手で受け止め、それを見せつける”化け物“が立っていた。


「ヒッ……!」


「ほら返すよ。 大事なもんなんだろぉ?」


 目の前の異様な”化け物“に恐怖し、再び銃撃を行おうとした男だったが撃てなかった。 なぜなら太ももに激痛が走ったからだ。


「ギャアアア!!!」


 あまりの激痛に男はその場に跪く。 見れば太ももから出血している。 男は理解した。 目の前の化け物は放たれた銃弾を受け止め、 それを親指で弾いて発射したのだ。


「撃て! 撃て!」


 「ギャハハハ!!! 無駄だって!!!」


 怪我を負った男のその声に全員がありったけ拳銃を放つが目の前の怪物は避け、時には手で受け止め、銃撃を躱す。


「おい! もう弾が!!!」


 銃を捨て車に乗り込もうとする男を怪物が引きずり出し、頭部を踏みつける。 ぐちゃりと湿った音を立て逃げようとした男は痙攣し、動かなくなる。


 残りの二人はそもそも車に乗り込もうとせずに怪物に背を向け走り出すが怪物が跳躍し、行く手を阻み手を横一閃に振り切る。 頭部と胴体が切断され、頭部がボールのように転がり落ちる。


「ああ……。 ああ……」


 そんなおぞましい光景を見た太ももに傷を負った男は何とか這いつくばって逃げようとするが、どんどん怪物の声が、笑い声が後ろから近づいてくる。


「じゃあ……。 終わりだなぁ」


 濃密な死の香りを堪能し、最後に男が思ったのは。


 ――こいつこそが、”鬼“なのだ――

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