7話 百獣の姫
この地獄のような戦い否、戦争が始まってから十分が経過しようとしていた。
『私に何かあれば次はお前がこの隊を率いろ』
いつの日かそうして剣士に言われた鼠の亜人である隊員は二人の戦いをずっと見守っていた。
凄まじい剣気と恐ろしい殺気で打ち合う最早、人外と呼べる二人の争いを何とか目に焼き付けようとするが早すぎて所々追えない。
しかし確実に言えるのが鬼があの剣士を押しているというところだ。 二人の戦力さはほぼ互角と言っていいだろう。 しかし、
隊員にはあの鬼が尋常ならぬ速度で傷を修復していってるとそう見受けられた。 どんな生き物の血を引いたらそうなるのか分からないが、隊員の目には確かにそう映るのだ。 お互い致命傷には至っていないが剣士が傷つけた傷は鬼になんのダメージを与えず、逆に鬼が剣士に付けた傷は癒えることがない。 その証拠に剣士の制服の上着は血で染まっていた。 あんな怪物の相手をするのに防具も無しで無謀すぎる。 最も剣士は剣の速度のみを求めて不要な防具を着用しないのだが、このままではジリ貧だ。 そして打ち合いは少し静かになる。
「ほんとぉとんでもねえ爺さんだな。 アンタァ。 梟っつーと爪でもあったら俺の勝ち目が無くなってたかもなぁ」
「爪は進化しなかったのでな。 代わりに剣を研いできた」
そう肩で息をする剣士は猛禽類特有の目つきで獲物を捉え続ける。
「でもまぁ。 そろそろ終わりかなぁ? 血ぃ流しすぎだぜ?」
鬼の指摘通り剣士に刻まれた細かい傷は致命傷に成らずとも着実にダメージを与えて行っている。
「そうつれない事を言ってくれるな怪物よ。 この老骨の悪あがき最後まで見届けよ」
「悪あがきかぁ……。 嫌いじゃねぇがなぁ」
そう言って鬼は剣士に飛び掛かる。必殺の爪を腹部にへと突き立てるために。
「グッ……。 フッ……」
「安心しろぉ……。 臓器傷はつけちゃいねぇ。 アンタを殺すのはまだ惜しぃ」
そう鬼が呟くと剣士は不敵な笑みを浮かべる。 それはまるで”勝者“の目だ。
「おぃおぃ! なんだよその目はぁ! 梟の爺さんよぉ!」
「油断したな鬼よ。 これは私の……。 いや、私達の勝利だっ!」
そう言って剣士はゼロ距離で剣を走らせる。 剣士の剣は明後日の方に飛んでいくと思われたが。
ビリビリと音を立て、布が破ける音がする。 それは鬼のフードが破け素顔が露出したのだ。
「拝顔するぞ! 鬼!」
「アンタァ……。 それが目的で!?」
「そこまでですっ!」
鈴の音のような場違いな声と同時に、戦いの最中、鬼に気付かれないような場所に隠された無数のサーチライトが鬼を照らす。 顔を隠そうと鬼は迷ったがもうすでに遅いだろう。
「なるほどなぁ……。 そういう事かよぉ……」
トラックの中から一人の亜人が現れる。 純白な髪に耳。 そう。 ジェーン・スミスと名乗った亜人だ。
「我が主……。 不甲斐ない所をお見せして申し訳ございません……」
「いいえ。 小倉。 あなたはよく頑張りました。 こうして私の命を果たしてくれたではありませんか?」
「……お心遣い感謝致します」
「ゆっくり休んでください。 兵士達。 小倉の手当を最優先してください」
「しかし……! 主! そいつは鬼で!」
「分かってます。 見ていましたもの。でも……」
そうして目の前の亜人は不敵に笑う。
「ここからは私の戦いですから」
その言葉に、気圧に充てられ兵士たちは剣士を抱え、急いでトラックにへと戻る。
「さてと。 葉月さん……。 いや少し違いますね。 貴方はなんとお呼びすれば?」
鬼はため息をつきジェーンに応える。
「ご主人とダブってややこしいだろぉ。 下の名前で呼べや」
「では零さんと。 初めまして。 ですね?」
そういってやはり葉月と初めて会った時と同じ笑顔を向けるのだった。
「なんで俺だと分かったんだよぉ?」
「まあ簡単に言うと数撃てば当たるというものです。 零さんには本格的でしたが怪しい亜人には同じような事をしてました。 私達はずっと鬼を追ってましたので」
「んで、たまたま俺かよぉ。 ついてねえなぁ」
「違います」
そう言ってジェーンは首を静かに横に振る。
「たまたまではなくこれは必然でした。 遅かれ早かれこうなってたと思いますよ」
そしてジェーンは懐からタブレットを取り出し操作し始める。
「中でも大きかったのが、零さん。 いや、葉月さんが通っていた心療内科のカルテですね。 あそこの先生は本当にいい仕事をします。 葉月さんが言ったこと全て日付と記録を残してたんですから」
「じゃあご主人はあの女に売られたってぇ事か。 同士に売られるなんてぇやっぱりついてねぇやぁ」
「いえいえ。 そうではなく。 あちらの先生、最初は頑なにカルテの開示を拒否していましたよ。 なんでもプライバシーの侵害だの。 私が説得するのに手こずったのはここ数年でもありませんでした」
ここまでの事ができるのだ。 強行といかず説得と言うのが何ともジェーンらしいと鬼は思った。
「それで、ずばり言うとですね。 葉月さんは不眠症ではなく夢遊病に近い何かですね?」
「あぁ。 そうだなぁ。 俺が夜を担当してるっていった具合だなぁ」
タブレットをスライドさせながらジェーンは言葉を続ける。
「葉月さんが”人“を殺す夢を見るって言ったタイミングと実際起きた事件が合致しているんです。 実際には亜人も殺害されちゃったりしているんですがそれは夢で見なかったようですね。 零さんは何か心当たりありませんか?」
「知らねぇなぁ。 俺はただ悪人を殺してただけだからなぁ」
「まあ、それはおいおい調べるとして、それだけの状況証拠があれば黒だろうということでこうなったわけです」
「俺としてはぁ、もう今後の処遇についてしか興味がねぇなぁ」
「と、言いますと?」
「無茶な頼みだってのはぁ分かるが、可能であれば俺の時に処分してくれやぁ。 やったのは全部俺だぁ。 ご主人にはそんな思いしてほしくねぇ」
「んーとですね」
ジェーンは人差し指を顎に当て考えながら口にする。
「それは無理ですね」
その冷徹な一言にあの冷酷な鬼は何とかできないかと言葉を重ねる。
「確かに俺はぁ中々死なねぇ! だが弱点だってあるっちゃあ、ある! 教えてやるからそれで一思いに……」
「やらないって言ったら私を。 私達を全員皆殺しにしますか?」
鬼は考える。 考えるが出せる答えは一つだけだ。
「無理……。 だなぁ。 アンタらは悪人じゃねぇ。 殺せねえよぉ」
「そこなんですよ零さん。 時に聞きますが暴力の対義語って零さんは何だと思いますか?」
鬼は再び考える。 これならばいくつか答えを用意できるはずだが、何せ今まで殺ししかやってこなかった頭だ。 目の前のジェーンに納得いけるような答えは出せないだろう。
「……平和。 とかじゃねぇかなぁ」
「私と、私達と大分考え方が違いますね。 まあ当然なんですけど。 別に平和な時代だって暴力は生まれますよ。 切ってもきれない関係性ですよ?」
ジェーンは鬼に一体何を求めているのだろうか。 鬼は必死に考えるが分からず白旗を上げる。
「わかんねぇよ。 頭を動かすのは俺の仕事じゃねぇ」
「私達が思うのは”正義“なんです。 正しく扱えばそれは正義となり悪く扱えば暴力となる。 そう思ってます」
鬼は目を丸くする。 そう言う考えもあるのかと。
「私達だって殺しはやります。 そうならないように出来るだけ努めてますが。 でも、力もない限り正義は行えないんです。 形は違えど、零さんが悪人しか殺せないっていうのはすごく私達よりな考えなんだと。 こうして現に会話も出来てますし」
「じゃあどうしろってんだぁ……?」
「零さんが悪人以外殺せないように私も悪人以外殺すつもりはありません。 零さんをもし殺してしまえばこれは私の中にある”正義“の冒涜です。 これは私個人の考え方ですが」
そういってジェーンは可愛らしく舌を出す。
「だから零さんにも葉月さんにも本当の意味で私達の”同士“になってほしいと考えてます。 特に零さんの力はとてつもなく強力です。 私が動かせる最高戦力を超えたんですから」
「アンタの組織に入れってのかよぉ……?」
「はい。 是非に」
鬼は戦うことにしか頭が回らない。 そういった大事な話は主人に通すべきだとそう思う。
「俺はぁ……。 いいが。 ご主人がな……」
「では葉月さんにも勧誘します。 待ってて下さい。車内で手紙を認めるので」
そういってジェーンは颯爽と車内に消えていった。 鬼は月を見上げ珍しく感慨に耽っていた。 自分のあり様を理解されたかったわけではない。 ただしかし他人に自分と言う鬼の部分を容認される日が来るとは思わなかった。
「お待たせ致しました。 これを明日にでも葉月さんに渡してください」
なんだか良くわからないようなマスコットが描かれたピンク色の封筒だった。 鬼は受け取り不思議そうに封筒を観察する。
「いや……。 公的な物が切れており私物しか無かったんです。 内容はちゃんとしたものなので……」
そう言ってジェーンは少し赤面する。
「べつにいいけどよぉ。 これをご主人に渡せばいいんだなぁ?」
「はい。 あ、一応封をしてあるので開けられると葉月さんも戸惑うと思うので……」
「安心しろよぉ。 他人の恋文覗き見る趣味はねぇ」
「意外と紳士なんですね」
そう言って笑うジェーンに背を向け鬼は塒にへと帰ろうとする。
「キング・リオン」
「アァ?」
ジェーンの呟いた言葉の意味が分からず鬼は聞き返す。
「キング・リオン。 私の本名です。 ではまた、会う日まで」
そう言ってジェーン、もとい、リオンも車にへと向かう。
鬼はその言葉を口にする。 キング・リオン……。 なるほどなと納得する。
鬼にも怖じず、決して何事にも屈しない、その屈強な佇まい。 耳そして特徴的などこまでも澄んだ青い瞳。
それは間違いなく百獣の王。 王と呼ぶにはどこか優しさと可憐さが相まみえる。 言うなれば姫だ。
百獣の姫。 そう呼ぶ方が適切だろう。
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