3話 幕引き
「葉月さーんどうぞー」
飲み会が終って次の日、僕は通っている心療内科の午後診に来ていた。 待つこと30分。 僕の番が来て先生の呼ぶ声でスマートフォンをポケットにしまい、診察室へと向かう。
「やっ! 葉月君! 元気にしてた?」
山積みの書類とパソコンを乗せたデスクの前に座るのは若い女性だった。 その女性こそこの心療内科の先生である。
「まー…… ボチボチかなぁ」
「んー。 なんかあんまりって感じか!」
妙に元気な先生は正面にあるソファーに腰を掛けるように目線で促す。 僕は座りため息をつく。
「あの貰ってる薬さぁ もっと強いやつ無いの?」
僕が今飲んでいる薬は寝る前の睡眠薬だ。 それ以外の薬は処方されていないので先生も僕の言葉の意味をすぐ理解する。
「あれ以上強い薬は無いんだよねぇ。 でも眠れないっていうならもう量を増やすって話になるんだけど……。 眠れないの?」
僕は言葉にするか悩んだが隠していても仕方がない事だし言うことにした。
「いや、なんか前より夢が酷くて……。 しかもめっちゃリアルなやつ」
「あー。 なんだっけ? 悪夢みたいなやつ?」
悪夢と言えば悪夢だろう。 なんたって僕が見ている夢は……。
「そう。 ……人を殺す夢」
「んー……」
先生はボールペンを口に当て悩む。 そして僕の方から逆に質問する。
「やっぱおかしいかな……?」
「いや。 別におかしくはないよ」
そう言って先生は分厚い辞書のようなものを取り出し言葉にする。
「大きな不安やストレスがある場合はそういう風な夢を見るみたい。 私の患者さんの中にも結構いるけどね、ちょっと引っかかる所があるとすればそれは”人“限定なところかなぁ 人間と何かあった……。 いや質問が悪いね。 この島にいる限りこういう問題は君だけじゃないんだもん」
「あ……」
一応心当たりは僕の中にあった。
「店にまた強盗が来たんだよ。 ”人間“だった」
「その人間に何かされた?」
「いや、とくには。 毒を塗った刃物を突き付けられたぐらいかな」
「その時人間憎い! とか、何か思うところはあった?」
先生の言葉で当時の状況を思い出すが別に特に何も感じなかったはずだ。
「いや、別に。 慣れてるし」
「体が慣れてても心が慣れてない可能性はあるんだけどねぇ。 無意識のうちに人間への憎悪が膨れ上がって、みたいな話は私もよく聞くけど」
まあ言われてみればそうかもしれない。 人間が好きであることは間違いなく無いのだから。
「だったらどうすればいいのさ」
「まあ医者の私が言ってしまえばどうしようもないんだけど。 心を簡単に治せる薬などないのだよ」
それに、と先生は付け加える。
「そもそもこんな状況で君のようになってしまうのは病気とは言えないよ。 命を脅かされれば傷つく。 そんなの当たり前の事だよ」
「つまり?」
「薬はいつも通りの分量でいきましょう。 こんな調子で増やしていけば薬漬けになっちゃうよ」
「でも、医者的には薬いっぱい出した方が儲かるんじゃないの?」
僕はしまったと思いながらも言い切ってしまった。 おかげで先生の表情は一気に不機嫌になる。
「確かにね。 多いよ。 そういう医者は。 でも私は違うよ。 それは君が一番よく知ってるはずでしょ?」
「へいへい……。 冗談っすよ。 僕が悪ぅござんした……」
先生はにっこりと笑う。
「そんな冗談が言えるって事はまだ大丈夫だね」
「そうみたいで」
そう言って僕はソファーから立ち上がり診察室を後にしようとする。
「葉月君」
「ん?」
「お大事に」
その笑顔はやっぱりいつもの先生の笑顔だった。
「良い質の睡眠を取るにはゆっくりお風呂に入り、そしてスマホは……。 見ないっ!」
僕は貰った薬を持って帰宅してスマホでよく眠れる方法を調べていた。 入浴はゆっくりとし、そしてスマホ等が発するブルーライトを長時間見続けないなど記載されていた。
「明日は仕事だし寝るか。 準備完璧!」
そう言って睡眠薬を飲みベットに横になる。 今日はよく眠れますようにと祈りながら。
◇
その夜は満月だった。 月が人を狂わせるという言葉があるが、中々言いえて妙だと一人の”鬼“は感じる。 しかし訂正すべき点があるとすれば狂わせるのは”人“だけではなく”化物“も同様に効果があるのだ。
黒い外套にフードで顔を隠し、一人、いや一匹の”鬼“は今日も獲物を探す。 その身体は、心は、血を欲してやまなかった。
寝静まった商店街を通り、獲物を探す。 そして自動ドアが破壊された建物。 ”鬼“にとってはなんとも因果な場所である建物が目に入る。 ”鬼“はゆっくりと足を忍ばせ侵入する。 店内はひっちゃかめっちゃかに荒らされ、一番奥の部屋からガンガンと何かをたたく音がする。
扉を開けるとその狭い部屋に置かれた金庫を無理やり壊そうとしている男の姿があった。 ”鬼“はその男に見覚えがあった。
「んだよ。 もう二度と来ねえんじゃなかったのかよぉ?」
男は”鬼“の言葉に行動を止め、後ろを振り返りナイフを構える。
「だ、だれだお前!?」
「おいおい。 つれねぇなぁ ああ。 顔が見えないから分からなかったのかぁ」
”鬼“は笑いを堪えながらフードを取る。
「お、お前! ここの店員だろ!!! この前言ったと思うがこのナイフには毒が塗ってあるんだ! 触れるだけでも……」
「そのナイフが何だってぇ?」
”鬼“は躊躇いもなくナイフを掴む。 掴む所か、その圧倒的な力でナイフを粉々にした。 金属の絶命の音が店内に響く。
「へ……?」
髭面の強盗は理解が及ばず間抜けな声を上げる。
「お前、悪人だよなぁ? じゃあしょうがねえよなぁ?」
「いやちょっとまっ……」
髭面の強盗に容赦なく人知を超えた鬼の一手が迫る。 顔面を掴み持ち上げ、メキメキと人体が破壊される音が木霊する。
「ア……。アグゲェ……」
強盗は悲鳴すらまともに上げられず鬼の手で頭部を破壊される。 潰れたそれを”鬼“はなんの感慨も無く地べたに捨てる。 そして真っ赤に染まった返り血を舐めながらポツリと呟く。
「あア……。 いい、夜だぁ」
こうして亜人島を荒らす一人の人間の幕が一幕下りたのだ。
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