4話 不機嫌な朝日


 「っっっ!!! ウプッ!」


 目覚めと同時だった。 嘔吐感が押し寄せ僕はベッドから跳ね起き、トイレにへと向かう。 


「ォエエエ!」


 寝ている間は当然何も食べてないので吐いたところで胃液しかでない。 胃が痙攣しているのか吐き気が止まらない。


「ふぅ……」


 数十分後ようやく吐き気から解放され洗面台で口をゆすぎ、一息付く。 また、悪夢を見たのだ。


「……」


 人を、殺す夢だった。 夢なので記憶があいまいな部分はあるがそれでも覚えている感触。 人の頭部を握りつぶした、殺した、感触が妙にリアルに残っている。


「とりあえず飯……。 食わなきゃな。 今日は仕事だし」


 そう言ってパンを無理やり胃袋に詰め込み出勤する。 まだ寝坊しなかっただけ幸いだ。


「……?」


 見慣れた通勤道を通りながら店前まで歩いてくるとそこには黒塗りの車が3台とキープアウトと書かれたテープで封鎖され店内には入れないようになっていた。 最も、店の自動ドアが破壊されたのが気になった。 深夜強盗にでも入られたのだろうか。 店前で同じように唖然と立っていた町村に声をかける。


「おはようさん。 強盗? 今年3回目だっけ? てかなにあのKEEP OUTのテープ。 ドラマでしか見たことないぞ。 後、車も」


 深夜に店を荒らされるのは珍しくない。 ただこんなちんけなコンビニ店。 ましてや亜人島でここまで大騒ぎされるのは珍しかった。 顔面蒼白な町村はゆっくりと答える。


「殺しだよ。 しかも”人“だ……。 例の”鬼“がやってきたんだ」


「は?」


「あちらの方が葉月さんですか? いやあよかったです。 いらっしゃって。 私も同士を疑うような真似はしたくなかったので」


 声がする方に向くと店長と並んで一人の亜人が立っていた。


「初めまして。 葉月零さんですよね?」


 純白のロングヘア―。 店長のような歳を取って出来た白髪ではない。 もっと初めから完成された、純粋で純白の艶のある色だ。 そしてその頭部にも純白な耳。 女……。 と呼ぶには些か身長が足りなさそうだが、まるで人形職人が丹精込めて作り上げたような美しい美形、そしてなにより澄んだ青い瞳が特徴的な女なのか、少女なのか年齢不詳な亜人に挨拶され思わず声が出なくなる。


「あれ、違いましたか?」


 その美しい亜人は困惑の顔を浮かべ一回り、二回りも身長差がある店長に尋ねる。 服装は黒の軍服、もしくは制服のような物を着用している。 スカートがやや短すぎると思うが僕はこのような服見たことがない。


「いや葉月零は僕だよ。 少し驚いて声が出なかった」


 その亜人はその言葉を受け僕の方に再び目線を合わせ、笑顔を浮かべる。


「ああ。 なるほど。 驚かせてしまってごめんなさい。 確かにこの服では少し場違い感がありますね」


 僕はそこではないと思うのだが目の前の亜人は言葉を続ける。


「昨晩起きた件で調査を任されている立場の者です。 できれば葉月さんにもお話を伺いたいのですが?」


「起きた事って言えば町村が言ってた人殺しの件か?」


 目の前の亜人の女は軽く目をつむり言葉を吐き出す。 それはまるで死者を悼んでいるようだった。


「そうです。 あなたはここの従業員でいらっしゃるとこちらの店主から聞き及んでいます。 ご協力願えないでしょうか?」


「アンタ名前は?」


「ジェーン・スミスです」


 僕は思わずため息をつく。 ジェーン・スミス。 これは英語圏で使われる記入例のような名前だ。 一瞬で偽名と分かる。 それをこの女は悪びれもなく名乗った。


 警察のようなちゃんとした日本の組織が来れば対応を変えるだろうがこんな胡散臭い、コスプレ集団みたいなのを好き好んで相手をするほど僕は平和ボケしていない。 そもそも亜人に国を任されるはずがないのだ。 店長も町村も動揺のあまりどうかしているのだ。 大方”鬼“の噂に釣られた変わり者の小金持ちといったところだろう。 そんな奴に情報は流せない。


「せっかくのお誘いだが本名も名乗れない相手に協力するほど僕は暇じゃないよジェーンさん。 お断りだ」


 ジェーンは悪びれた様子もなく微笑を浮かべ、僕の答えに応じる。


「そうですか。 本名が明かせないのはこちらの問題で大変申し訳ないのですが、暇が無いとは? あなたはここに働きにきて、その職場がご覧の有様です。 たった今、暇ができたと思いますが?」


「死体があるんだろ? 掃除しないといけない。 それともアンタら”亜人“がやってくれるのか?」


「もちろんそのつもりですが。 因みに営業停止の許可は既に店主から頂いてます」


「てんちょー……」


「いやあ。 ね? 亜人の死体なら兎に角、人間だったからさ……」


 頭を掻きながら申し訳なさそうに口にする店長の横でジェーンが続けて言葉を重ねる。


「でもまあ。 葉月さんの言う通り納得はできませんよね。 だから協力はしなくとも、私と少しお喋りをして頂けるだけで構いません。 そしてその葉月さんの拘束料としてこちらの店主には報酬をお支払い致します。 私達のお金がこちらの店主に、そして店主からあなたにへとお賃金が支払われます。 これはもう仕事の一環なのでは?」


 なるほど。 かなりのやり手だ。 現に店長からは『頼むよ、葉月君』とアイコンタクトをビシビシと感じる。 報酬がかなり美味しいんだろう。


「分かったよ。 ジェーンさん。 アンタと世間話をする。 それでいいんだろう?」


 ジェーンは品のある笑顔を浮かべながら、


「ご理解頂けて何よりです。 では場所を変えましょうか。 私、少し喉が渇いたので」


 そういって僕は車にへと案内されたのだ。

 

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