5話 証人、或いは承認
「ここの紅茶とても美味しいんですよ?」
目の前でそういいながら美の女神のような表情を浮かべるのはジェーン・スミス。 こんな絶世の美女とタダで会話ができるどころか報酬まで付くというのだから、絶対何か裏がある。 そう僕の数少ない女性経験が聞いたこともないような擬音を上げながら膨れ上がる。
「遠慮なさらずにどうぞ。 この場の会計は全て私達が持ちますので」
「ほーん。 それじゃ遠慮なく……」
僕はメニュー表を見て目を疑った。 飲み物は全て1杯1000円を超えているからだ。 ケーキに至っては2000円台の物もある。
「これ、本当に頼んでいいの? 僕1円も払わないよ? 後から請求されたりしない?」
「そんな恥知らずなような事誓って致しません。 軽食もあるようなのでお腹がお空きでしたらそちらもどうぞ」
僕はメニューと睨めっこする。 腹は空いてないがケーキは気になる。 特にこの2300円のショートケーキが。
「あなたの店の店主はそれはもういい食べっぷりでしたよ」
「てんちょー……」
僕は考えるのがアホらしくなり1杯1000円の紅茶と、件のショートケーキを頼んだ。
「おお……。 すげえ……!」
届いたショートケーキと紅茶は素人目から見てもわかるほど華やかであった。紅茶はこれまで嗅いだことのないようない香りを漂わせ、2300円するショートケーキとはどんだけバカでかいんだろうと思ったがちゃんとショートだ。 しかしそれでいいと、唸らせるほどの華やかさがそこにはあった。 要するに凄く映えるのだ。
「しゃ、写真とっていい?」
「構わないですが、私を写さないようにしてください」
OKを頂いたので写真を撮る。 多分もう生涯来ること、頼むことは無いだろうと僕は思う。 経済的に無理だ。
「待ち受けにしてもいいレベルだなこれは……」
「紅茶は冷めないうちに召し上がった方がよろしいですよ?」
「ん……。 そうだな」
紅茶を一口。 想像以上の旨さがそこにはあった。 続けてケーキに手を伸ばしこちらも同様の感想だ。
「お気に召して頂けたようで何よりです」
そういってジェーンは優雅に紅茶を飲む。
「で、話っていうのは?」
「ああ。 そうですね。 うーんとどうしましょうか。 そう言えば私、雑談は苦手でした。 葉月さんの方から話を振って頂けると有難いのですが」
「いいのか? 大金はたいて僕からの雑談で? 無駄にしかならない茶会になると思うけど」
「この世に無駄なことなんて無いんですよ。 話さえ始めていただければ私のペースに持っていくので」
なんともジェーンは挑発的な笑みを浮かべる。 僕は対抗心が沸いてその勝負を受けるのだった。 逆に探ってやるのだ。
「ジェーンさんの服。 軍服か何か? しっかりしてるのは分かるけど僕は一切見たことがない」
「軍服、ではないですね。 私の所属する組織の制服です。 因みにオーダーメイドです」
ジェーンの後ろに立ったときその腰からは尻尾が見えた。 純白の尾だ。 この制服は尻尾が窮屈にならないように外に出す施しがされていた。 本人の言う通りオーダーメイドなのだろう。
「スカートがやけに短いのはジェーンさんの趣味?」
「まあ……。 そうは思われても仕方がないのですがこれは組織から推奨されてる丈なんですよ。 裾が長いと体を動かし辛いですから」
少し顔を赤らめながらジェーンは答える。
「組織……。 アンタらが所属している所は随分と金回りがいいようだ」
僕の買収の件と言いこの接待費といい、万年金欠なただの亜人とは違うということだ。
「まあ金銭面で困ったことは一度たりともありませんね。 それほど信頼できる職場というわけです」
「信頼ねぇ……」
紅茶をすすりながら僕はそう呟く。
「時に葉月さんはどうしてコンビニで働いているのですか?」
「そりゃ、働かないと生きていけないからだろ」
ジェーンは何を言っているのだろう? 当たり前の事だ。 人間といい亜人と言えど霞を食べて生活できるわけが無いのだ。
「いえいえ。 それは当たり前の事です。 ただどうしてコンビニなのだろうと」
「それは……」
僕は答えに困る。 代わりにジェーンが話す。
「私は今の職場は自分が自分であるために。 必要としてくれている。 そこでやる事が、成すべき事があるから働いているのです。 葉月さんはどうですか?」
「それは……。 アンタの言う通りだ。 僕にだってあそこでやるべき事がある」
町村が、店長が僕を必要とそう言ってくれるから。
「お金の話、苦労の話ではないですよね?」
「は……?」
僕はジェーンの表情に恐ろしくなる。 ジェーンは常に笑顔だ。 それは変わらない。 しかしこれは違う。 これは”狩人“の目だ。
「葉月さんは以前外装工の職場で働いていたらしいですね。 今よりも高い賃金で」
「何言って……?」
”狩人“は止まらない。 狩られる羊が狼に情けを請うても聞くはずがない。
「外装工をやってる限りは生活も安泰ですし、今のように強盗から無縁です。 現場には重い建材ばかり。 そんなところから何か盗ろうとする強盗はいません。 だから必然的に命が脅かされる状況にはならないはずです。 そう、”強盗担当係“なんてしなくてもいいんですよ」
「……」
僕は、どこまで見透かされてる。 このジェーン・スミスに。
「商店、お金がいきかいする職種は最も被害に会いやすい。 これは亜人島に住む亜人は子供でも知っている事です。 よほど運命的な出会いが無い限り勤めようとしないでしょう」
「……もういい」
僕の声は小さかっただろう。 しかしこのジェーンは決して相手の言葉を聞き落としたりしない。 分かっていてやっているのだ。
「それか職場に精神的な不安を抱えているか。 葉月さんは外的特徴もなく何の血を引いてるのか判明していない亜人だそうですね。 なんでも”人“に見られやすいとか。 これは本島ではメリットですが、仲間意識の強いこの亜人島ではデメリットですね。 そんな状態で亜人のサークルに入ろうとしたら……」
「もういいって言ってんだろ!!!」
僕は大声でそう叫ぶ。 何事かとこちらに視線を向ける周囲の目にはジェーンが笑顔で手を振って大丈夫だと応じる。
「これが、あんたのペースに飲まれるってやつか?」
「申し訳ございません。 お気を悪くするつもりはなかったのですが。 あなたとこうして話してる時間もここの紅茶とケーキも私、個人のお金ではないのです。 平にご容赦を」
ジェーンは微笑を浮かべ、頭を下げるがそれは形式だけのものだ。
ジェーンは全てを知っていた。 僕の事を。 僕も知りたくない弱いところを。 知っていてわざと親しいふりをして茶会に招き焚きつけたのだ。
「……時間」
「時間? ですか。 1時間は過ぎてますね」
「うちは時給だ。 店長に払っといてくれ。 端数はいらない。 話はもう終わりだ」
ジェーンは相変わらず笑みを浮かべながら、悪びれる様子もなく言葉を紡ぐ。
「送らせて頂きます。 お家はどちらですか?」
「それも、もう。 アンタは知ってるんだろ? 歩いて帰るからここでいい」
ジェーンは何も答えなかった。 踵を返し、店を出ようとすると、
「今日の深夜。 ”人“の手によってこの島唯一の銀行が荒らされます」
「それがどうした? アンタらの仕事だろ?」
「勿論、治安を維持するのが私達の仕事です。 でも知っていてほしいのです」
「なにを?」
「”私達“がここにいる証明を。 あなたには証人になって欲しいのです」
僕は鼻で笑い店を後にした。 ジェーン。 お前の口車にはもう乗らないぞと。 そういう意味で。
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