6話 怪物達による宴


 好機な事に今日も雲一つない満月であった。


 鬼はその月を見て満足そうに笑みを零す。 なんたって今日に限っては獲物を探す手間が省けるのだ。 事前に手に入った情報からに考えると今日は大勢の悪人の。 しかも”人“の血を浴びれるだろう。 あの怪しげな亜人は信用はできないが嘘はつかないと”鬼“はそう判断していた。 もちろん鬼だけの信憑性でなく今は眠る主人の判断も考慮したうえでの考えだ。 鬼はさながらパーティー会場に歓迎されたような気分で現場に向かう。 その爪を、牙を研ぎながら。



 ◇



 時刻は0時を過ぎたころだ。 仕える主の命により”剣士“は剣を研ぎながら現場で待機していた。 なんでも今夜とんでもない化物が現れるのだという。 捕獲命令は出ていない。 己の裁量により判断を下せとの事だった。 剣士の他に部下は4人。 剣士以外はフルフェイスにボディーアーマー。 それにアサルトライフルという完全武装だった。 剣士含め、夜になればその本領を発揮されていると言われている”夜行性“の性質を持つ、希少度の高い”亜人“のみで構成されたメンバーだ。 いつも死線を潜り抜けた精鋭達。 一個旅団並みの兵力を備えていると誇張抜きで言われ、囃された戦士たちは決して戦場で油断はしないが、今回は少し気が緩んでいるようだ。


「本当に来るんすかねぇ……。 ”鬼“でしたっけ?」


 この戦場にいる一番若い兵士がそう呟く。


「最南端の島で鬼退治か……。 姫さんに文句言う訳じゃねえけど。 俺たち投入することなのかね?」


「お前たち。 自分の主を信じられないのか?」


 若い隊員の気を引き締めるために一番歳を重ねた剣士がそう言葉にする。 齢はもう五十を過ぎている。 しかし剣士の言葉に誰も反論するようなことは言わない。 否、言えないのである。


 何故ならばこの年老いた剣士こそがこの戦場にいるどの兵士よりも優れているからだ。 頭髪は白く染め上がり顔には多数の傷と皺が刻まれている。 しかしながら齢を感じさせないその神秘的な巨躯からは圧倒的な力”剣気“を感じさせる。 隊員は恐れもあるもののそれ以上にこの剣士と同じ戦場に立てている喜びの方が勝っている。


 そして来る0時半。 悪夢を詰め合わせて無茶苦茶に継合わせた鬼がやってくる。 コツコツと静謐な戦場に場違いな足跡を鳴らしながらそれは確かに、着実にやってくる。 光源は兵士4人がアサルトライフルに装着した僅かなものだが最早、夜行性の恩寵を受ける剣士にとっては何一つ問題ない。 そしてその鬼は剣士、兵士たちの僅か十メートル程度の間合いで歩みを止める。


「ああ? ここにいるのは”人“だって話を聞いてきたんだが。 違げえじゃねえかよぉ」


 その濃密な殺気、血臭を感じ取り兵士たちに緊張が走る。 これは自分たちに相応しい戦場だとそう思わせた。


「貴殿が申しているのは”人間“か”亜人“か、その点だけであろう? それならば我々も”人“だと主張する。 字面にそう刻まれてあろうが。 最もこれは主の言葉なのだがな」


 黒の外套にフードを被っていて顔は見えない鬼に臆することなくそう剣士は応じる。


「へぇ……。 いい主だことだなぁ……。 亜人と劣等種を同じ扱いにするなんざぁ……」


「”鬼“よ。 貴様は”亜人“は食えぬか? ならばこちらとしても折衷案は出せるが……」


 剣士の言葉に鬼は暫く黙り、笑い声、嘲笑で言葉を返す。


「いやぁ! そんなことはねぇ! 俺は悪人であれば亜人だろうと人間だろうと殺すだけだぁ!!!」


 剣士は深く息を吸い込み吐く、そして周りの兵士たちに告げる。


「お前たちは手を出すな」


「しかし……!」


「実力ぐらいは感じられるだろう。 あれは最早、人でも亜人でもない。 怪物だ」


 反論する兵士たちに剣士は言い聞かせる。 兵士たちは口惜しそうに呟く。


「いざとなれば玉砕覚悟でお助けしますから……!」


「馬鹿者。 その命は主の為に使え」


 そうして兵士たちを正し、剣士は鬼に向かって言葉を投げる。


「悪人か、否かであったな。 主の命により本日限りは私は悪人だ!!!」


「そうかよぉ!!! じゃあ……」


 剣士が腰の日本刀に手をやり鬼を捉える。 この体制なら如何なる時でも神速の剣撃を放てる。


「しねっ!!!」


 そう鬼が言い捨てると信じられない速度で剣士の間合いに入る。


「ぬぅ!」


 剣士の気合の掛け声と同時に剣士は自らにへと迫った鬼の不可避の一撃を剣一本で弾き飛ばす。


「へえ! やるじゃん爺さん! 俺の一撃躱せたやつなんてこの世にいなかったぞ!」


 「お褒め頂き、恐悦至極!」


 剣士はそのまま鬼に斬り返すが鬼は石畳を蹴り飛んで避けた。 剣士は再び構えを取る。


「名前ぇ……。 聞いてやってもいいぜぇ?」


「よくぞ聞いてくれた! 我が名は小倉おぐら宗厳むねよし! 梟の亜人だ!」


 ――こうして怪物たちの饗宴が始まったのだ――

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