2話 奪われるもの、奪うもの


 「じゃあ葉月君。 音頭をお願いできるかね」


 「ええ。 僕っすか」


 それは閉店作業後行きつけである居酒屋でビールが三杯机に並んだ時に店長が言った。


「えー。 じゃあ今月5回目の強盗記念として……。 乾杯!」


「嫌な記念だね。 もう増えないようになればと切に願うよ……」


 苦い顔をする店長と笑う町村と僕と3人で杯を打ち付け、ビールを喉に通す。 よく冷えており、アルコールが体内に回るのを感じる。


「それで、今回いくら盗まれたんだ?」


 一気にビールを飲み干した町村が尋ねてくる。


「んー。 十万ちょいかなぁ」


「少なっ! よくお客様帰ってくれたな」


「機嫌は悪かったけどな。 すいませーん生追加で」


「本当、葉月君は口が上手いからね」


 三人でお通しのキャベツを口に放りこみながら駄弁る。 町村は最近起こった出来事を面白そうに喋り、僕がたまにそれに突っ込み、店長はニコニコと聞いている。 いつもと同じだ。


「そういやさ。 ニュース見たか? また”鬼“が出たんだとよ」


 町村が少し真剣な表情でそう口にする。


「あー。 例の連続殺人鬼の鬼か」


「ばかっ! ちげえよ! 今回もまた強盗をやっつけたんだ!」


「やっつけ方にも私は問題あると思うけどねぇ……」


「今回はどんな感じなの?」


「食事がまずくなるから具体的な表現は避けるけど頭がパーンだ」


「そりゃひどい」


 かなり前から有名な噂だ。 なんでもこの亜人島の夜には悪さをしようと働く亜人、人間までもが不自然で猟奇的な死を遂げるという。 その現場の惨状から亜人島には鬼が出ると言われている。


「しかし何が目的なんだろうなぁ 僕はあまりニュース見ないからわからないけど町村の話を聞く限り金が目当てじゃないんでしょ? 」


「そう! あれはな亜人島の秩序を陰ながら支えてる英雄なんだ!」


「英雄でも”人殺し“はよくないと私は思うんだけどもねぇ」


 僕は店長と同意見だ。 確かに悪事を働くのは良くない。 でもそれ以前に人を殺すなど倫理的にも、そしてやはり己自身に対しても良くないだろう。 その手口のやり方から犯人は亜人と断定されている。 亜人が人を殺す。 もし捕まりでもすれば死刑、いや殺処分は間違いない。


 人間における死刑はできるだけ苦しまないように、罪人であったとしてもその人の尊厳をなるべく傷つけないように行われる。 しかし亜人は違うのだ。 拷問され、そして見せしめのように晒される。 人に牙を剝くということがどれだけ恐ろしいのかを周囲にアピールするためだ。 亜人による人殺しの殺処分は多い訳ではないがあることにはある。 しかしどれも共通して言えるのがその死体は見るに堪えないほど痛めつけられた後だった。


 そういう背景もあり町村含め一部熱狂的なファンがいるのも事実なのだが……。


「僕はあんまり人と関わりたくないかな」


「私も同意見だねぇ」


 店長と二人して唐揚げを突きながらそう口にする。


「でもよ。 腹立たねえか? 今日だって来た強盗。 あいつナイフに亜人しか効かない毒塗ってやがったんだぜ? こんなの開発してる人間様は頭がイカれてるとしか思えねえよ」


「だからなるべく関わらないようにするんだろ? 少しはこの島での生き方を覚えろよ……」


「葉月君の言う通りだよ。 狼が羊を食べるのに誰が止めれるかね。 私たちは生まれた瞬間から奪われる立場なのだよ」


「店長までそういう……。 俺はごめんですけどね! 人間の手にかかるぐらいなら自分で舌を噛み切って死ぬ!」


「どうどう」


 町村は酒が入るといつもこうなる。 それを諫めるのが僕の変わらない立ち位置だ。


「そういや葉月君。 次いつ病院に行くんだい?」


「んー。 明日休みなんで明日行ってきますよ」


「葉月って何の病気だっけ……?」


「不眠症だよ。 何度も言わせるなよ……」


 僕たち亜人は基本的に昼行性だ。 それが夜眠れなくなるのだと言うのだから何ともおかしな話である。


「葉月は何の亜人か結局分かったのかよ?」


「いや。 全く分からないんだって」


 基本的に亜人は何かの動物の血が入っている。 町村なら猫の、店長なら狸の、といったように。 しかし僕にはそれらしき特徴は無く何の動物の血が入っているのかも検査を受けても現段階では判明しないのだという。 僕のようにパッと見、人間に見える亜人はいるのだが、今の科学だと外的特徴が無くてもDNA?みたいなので何の血を引いているのかが分かるそうなんだが。 僕にはどうも当てはまらないようだ。


 僕はそれが嫌で堪らない。 ここは亜人の国なのだ。 亜人に似つかわしくない容姿に、おまけに何の血を引いてるかも分からない。 亜人は仲間意識が高い生き物だ。 僕のようなやつはどこに行っても嫌われる。 歓迎されない。 そんなことを思いながらグラスに映った自分の顔を見つめる。 酷く、惨めな気分だ。


「……ま。 俺は葉月が何だっていいけどな。 他の奴は知らねえ。 でも俺はそんな見かけだけで決まるダチなんか持ちたくねえよ」


「ハハハ。 珍しく私も町村君に賛成だ。 葉月君。 君は僕たちにとって必要な存在だよ」


「町村……。 店長……」


 きっと僕が暗い顔をして察したのだろう。


「……ありがとう」


「よせよ。 お前が来てから俺は助けられっぱなしだ。 こっちから礼を言いたいところだ」


「そうだね。 今日も被害が最小限で済んだしね」


 例え不幸の星の下に生まれたとしても。


 この関係があるから今の僕は幸せなんだと。 そう再度思わせてくれる楽しい飲み会だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る