第13話 キーファーとあたし
「キーファー! どこにいるの?」
あたしは家から外に出て大声を出した。
「休憩時間は終わりよ! お父ちゃん、カンカンになるわよ!」
もう。なかなか物覚えが良くて菓子作りの筋もいい、て父ちゃんは褒めてたところなのに。サボってるなんて思われたら株が下がっちゃうじゃない。
晴れた空の下、庭の井戸、隣の家、生垣、それらの間を縫って探すけどキーファーはどこにも居ない。一体、どこに行っちゃったのよ。
「キーファー!」
「フラン」
声が聞こえてあたしは立ち止まった。
「どこなの?」
「ぼくはここだよ」
納屋の中にいるの?
声の方角に足を伸ばし、納屋の入り口に立った途端。
一人の女が走って出てきて、あたしの身体にぶつかった。
「アンナ?」
びっくりして声を出したあたしに農家のアンナはあたしの顔をチラリと見たあと、走り去る。
「フラン。ここだよ」
納屋を覗くと、キーファーが干し草の上に仰向けに寝転んでた。なぜか着衣が乱れていて、キーファーの胸肌が見える。
「ここ」
「……なにしてたの?」
あたしの顔を見返してキーファーはにこりと笑った。
「アンナが、納屋にいきましょう、て言って。ぼくにここに寝転んで、て言って。それでアンナがぼくの上にのって。いきなり服をぬぎだして。それでぼくの服もぬがせて、あたしのおっぱい触って、って言った」
「……」
アンナ、あの野郎。
面食いだものね、あの娘。
なんでも言いなりになる子供みたいな美男子がいるから、早速食っちゃおう、て気だったのね。
前に同情したこと忘れてやる、くそう。
「フラフラ一人で行かないで」
「ごめん。すぐに親方のところにもどるよ」
干し草の上に立ち上がるキーファー。
羊毛の帽子を被った隙間から見えている髪は大分伸びたみたい。小麦粉のついた詰め物なしのプールポワンとショースっていうなんの変哲もない村人の服装をしているのに、キーファーはやっぱり王子様のようだった。
あたしはうっとりと目の前の美青年を見つめる。
「ごめんね」
キーファーはお尻を叩いて干し草を落とすと歩き出した。
「おとうちゃんに謝ってね」
「はい」
素直にキーファーは納屋を出てまっすぐあたしの家へと戻る。
『どうですかね、調子は』
ぼうん、と例のごとく奴があたしの顔の近くに現れた。
「上々よ」
あたしは満足して微笑み、納屋の壁にもたれかかる。
『これが貴女の望んだこと? なんて欲のない』
「どうして? あたしもキーファーも生きてる。あたしも幸せ。キーファーも幸せ。それで良いじゃない」
ぷかぷか浮かぶ猫にあたしは答えた。
「何よりもキーファーが全てを忘れたこと。それが一番よ」
『貴女は魔女の力を手に入れたのに。もっと魔女らしいことしたらどうです?』
「変な薬を作るとか、空を飛ぶとか? 気が向いたらね」
『勿体無いですなあ』
猫はゴロゴロと喉を鳴らして手で顔をふいた。
『苦悩の梨を突っ込むという派手な処女喪失で手に入れたのがコレですかい』
「そうよ」
あたしは腕を組んで頷いた。
「最高の結末」
あの時、あたしは自分のあそこに苦悩の梨を突っ込んで処女膜を破壊した。(すっごく痛かったわ。思い出したくない)
魔女としての力を猫があたしに与えて、そのあとあたしがとった行動は。
関係者の記憶を消し去ることだった。
あたしが魔女だと告発されたことから始まり。
修道院の修道士の記憶、村人の記憶、異端審問官の記憶。
妙な呪文と暗示の方法を猫から教えてもらって。あたしは記憶を消して、少し操作した。
例えば、マテウス様に殺された白デブレオンの死は、副院長のジジイとの行きすぎた男色行為と過激なプレイの末、起こった事故だということにした。(副院長のジジイは忌まわしき行為を日頃から繰り返していたとして大きな教会に連れて行かれて今裁判してるみたい)
そして、もう一つは。
あたしは身寄りのない知恵遅れの少年のような美男子を家に連れて帰って。
菓子屋である私のお父ちゃんに彼を弟子入りさせた。(修道士だとバレバレだから髪の毛、全部剃っちゃった。ごめんねキーファー)
我ながら頭良いと思う。
学のない田舎娘でも、こんなダビデ王裁きが出来るのよ。
『あちきは貴女のこと、見誤っていましたよ』
「それは見直した、てことでしょう?」
『ま、好きなように考えてください』
ふふ、とあたしは笑う。
「あたしもあんたのこと見誤っていたから。ごめんなさいね、おあいこ」
『全くです。わが主人を悪魔だと思い込むなんて』
ぷかぷか、猫は浮かびながら怒ったようにほっぺたを膨らませた。
『我が主人は、バステト。豊穣と快楽の猫女神、古代エジプトの神ですぞ』
だって、そんなこと知らないもの。
エジプトってなに?
『異民族にとっては、自分の神でないものは全て悪魔となりますからね。まあ、仕方がないでしょう。無知の結果だと許してあげましょう』
「魔女だといえば、ここらじゃ悪魔の僕だもの。悪魔の使いだと思うじゃない」
『魔女だといえば、強く美しく賢い女が女神のお眼鏡にかかり大いなる力を得た者のことを言うのですよ』
「相互理解の食い違い、てやつね」
『そういうこってです』
うにゃああ、と猫は大きく空中で伸びをした。
『さて、本当にあの男はあのままでいいんですかい? 前にも言ったとおり、あいつをちょちょいのちょいで男にすることなんざ、いまの貴女にゃあ、簡単なことですぜ』
「……いいのよ」
あたしは頷く。
キーファーは生き直すの。
もう一度、少年時代から。
「いずれ、そうなればいいのよ」
『それまで我慢出来ますかい? 貴女が。身体が疼くでしょう?』
「が、我慢出来るわよ! 今までも我慢してるでしょ!」
真っ赤になって叫ぶあたしにニヤニヤと猫は笑った。
『さあて、いつまで持つか』
「ゆっくりと、キーファーは男になるの。あたしの愛の力で」
あたしは猫に倣って、青空を見上げて大きく伸びをした。
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