第12話 苦悩の梨
あたしは金切声をあげた。
言葉が出ないかわりに、あたしは大声で悲鳴をあげ続けた。
やめろやめろやめろやめろやめろ。
お前ら、マテウス様から離れろ。
殺してやる!
身体をよじって、脚をバタバタさせてあたしは暴れて抗議し続けた。
こんなことなら、あの痘痕男にさっさと抱かれてしまえば良かった。そうしたら、マテウス様がこんなことにならずに済んだのにあたしの馬鹿野郎!
「やめよ、魔女! 興醒めだ」
達したのかマテウス様から離れた白デブが叫び、あたしのそばに来て赤髪を引っ掴んだ。
「やめろと言ってるのだ!」
あたしはやめなかった。
このままずっと喚き続けてやる!
「やめろ!」
あたしの顎を掴んだぶよぶよした男の手をあたしはガブリと噛んでやった。
「何をする!」
男に頭を殴られ、あたしは歯を離してしまう。くそう、指を嚙みちぎりたかったのに!
「わかった、お前も仕置きが欲しいのか。もとよりそのつもりだったが。マテウスと二人、悶えるがいい!」
噛まれた指を押さえて白デブが部屋の端へと移動する。
「おっ、おやめくださいっ、彼女を傷つけないでくださいっ……」
今度はジジイがマテウス様を後ろから突き出した。突かれながらマテウス様が這いつくばって白デブの足にしがみつき哀願した。
「レオン様、お願いです! 私が代わりに受けますからっ……」
「これはお前では出来ぬ。豊かな乳房でなければな」
暗がりから戻って来た白デブの手には見たことのないものがあった。
何よそれ。
鉄で出来た火ばさみのようなものだけど少し違う。火ばさみの二つの先がまるでカニのハサミのように丸くなっているけど、その先が鋭い。
『出た、あれがブレストリッパー。ぞぞぞ。ドイツ人はとんでもないものを考えつくもんです』
猫悪魔がいきなり現れてあたしの頭上で教えてくれた。
『あの先の二つの丸い部分におっぱいを挟んで引きちぎる道具ですよ。女のために考案された拷問具ですな』
何よそれ!
「ホホホ。過去に試したのは老婆でしたが。私は女は嫌いですが、乳房というものは好きでしてね、集めてるんですよ。少しずつね」
変態、狂人、外道!
「お前の胸は白く淡く美しい。私のコレクションに加えてあげましょう。そして」
次に白ブタは妙なものを取り出した。
洋梨のような形の金属品。
『きた。あれは苦悩の梨といいましてね。持ち手のネジを回すと梨が膨らんでいくという代物です。あなたの穴を破壊する道具です』
ご丁寧に拷問具を説明する猫悪魔の言葉にあたしはさあ、と血の気が引いた。
あれをあたしの中に突っ込んで、だんだん広げるってこと?
お腹の中であたしのあそこが裂けちゃう!
「おやめください、それは……!」
「ホホホ、マテウス。これを覚えていますか? お前がまだ子供の頃、私を拒否した後にお前の身体に教えてあげたでしょう?」
これをマテウス様に使ったの?
ひどい、白ブタの野郎!
『はあ、修道士ときたらとんだゲテモノばかりですよ。あちきもドン引きです。男色に耽るわ、少年をいたぶるわ、変態ばかりじゃないですか。このマテウスも気の毒なこって、本当に』
猫悪魔がふるふる、と首を振った。
『えーと、苦悩の梨が貴女の処女を奪う訳ですが、参ったな、苦悩の梨に命はないから命は手に入りませんな。どうしましょう』
どうしましょうじゃないわよ、その前にあたしが死んじゃう!
『そうそう、だから言ったじゃないですか。早くしないと手遅れになりますよ、て。これでは魔女の契約は成立しそうにありませんな。残念です。さようなら、フラン。いい関係になれると思ったのですがね。さよならさよならさよなら』
待って!
待ってよ、猫悪魔!
消えてゆく猫悪魔にあたしは心の中で精一杯叫ぶ。
いや……いや! こんなの!
白デブ男が苦悩の梨とブレストリッパーを手に狂喜して近づいてくる。
「ホホホ。本当にお前が処女なのかどうか。私が確かめてあげましょう。その後、マテウスを久しぶりに試してあげます。どちらの声がより素晴らしい音楽を奏でるのか。これは楽しみですなあ!さぞ」
白デブの言葉は最後まで出なかった。
背後に立ったマテウス様が両手でもち上げた椅子を白デブの頭の上に振り落としたから。
「っ!……マテウス!」
振り返り悲鳴をあげた白デブにマテウス様はやめなかった。
何度も何度も手をかざす白デブ男の上に椅子を振り落とした。
「ぐっ……ぎゃっ……やめ……!」
マテウス様の後ろには痩せたジジイが突っ伏してるのが見えた。
「マテウス、やめなさい……!」
「呼ぶな」
「マテウス」
「名を呼ぶな」
「マテウ」
「私の名を呼ぶなあああ!」
マテウス様が横に椅子をぶんと振り回し、白デブ男の顔を殴った。
変な音がして白デブ男の首が横に大きく曲がる。
あたしの顔のすぐ近くの床に落ちてきた白デブ男は白目を向いていて、首があらぬ方向を向いていた。
「二度と私の名を呼ぶな」
マテウス様。
『あら、やたっ! 命、一個もーらいっ。やった、手に入りましたわ』
ぼんっ。
猫悪魔が現れて白デブ男の頭の上に立った。
『こ汚ねえ命ですが、ま、いいでしょう。命は命。やりましたな、このマテウス。窮鼠猫を噛むと言いますが、それと似たようなもんですかねえ。長年、虐げられてきたくせに貴女のために壊れたんでしょう』
マテウス様は派手に音を立てて椅子を床に落とすと、しゃがみこんで白デブ男のローブを探った。中から何かを取り出し、あたしの頭上へと移動する。
「フラン」
あたしの両手を拘束する金具に鍵を入れて外しにかかるマテウス様の様子をあたしは見上げた。
マテウス様。瞳孔が開いてる。
「フラン。逃げなさい」
あたしの両手を解放し、マテウス様はそう言った。
「できるだけ遠くへ」
あたしは何時間ぶりかに起き上がり、自由になった両手を撫でた。ずっと両手を上に上げていたから、肩が痛かった。
あたしはもう自由なの? 逃げる? ここから?
『フラン。命が手に入りましたんで、さっさとズラかりますぜ。あとは逃げて適当な男とヤっておしまいなさい。それで魔女の契約成立です。良かった良かった』
逃げる? マテウス様を置いて?
「もっと早くこうするべきだった。こうすれば良かったんだな、もっと早く自由になれたのに。馬鹿だったな本当に私は」
マテウス様はひどい顔で悲しく小さく笑った。
「やっと私は自由になれた。喜んで火刑に準じるよ」
マテウス様。
「フラン。私の天使。君だけが私の光だった。最後に会えたのは神が私に与えてくれた慈悲だったのだろう。私の人生がこれで素晴らしいものになった」
マテウス様が微笑んだ。
「君のことをずっと愛していたよ」
あたしは横たわった白デブ男の傍に転がる忌まわしき苦悩の梨に目を移す。
ねえ、猫悪魔。
あたしは恐ろしい苦悩の梨に近づき、手に取る。
あとはあたしが処女じゃなくなればいいのよね。相手は誰でもどうでもいいのよね。
『そうですが。どうするんです? 何を考えてるんです、フラン』
ぷかぷか浮かんで首を傾げる猫悪魔を置いて、あたしはそろそろと脚をひらき、手を伸ばしてあそこに触れた。
「何をするんだ、フラン」
こうするのよ。
あたしは目を瞑り、覚悟を決めた。
止めようとするマテウス様が来る前に、あたしは手にした苦悩の梨をあたしのあそこに突っ込んだ。
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