第2話 悪魔との契約

あちきと契約を交わすには、ひとりの人間の命が必要になります。その命と引き換えに貴女は魔女となるのです。

 そして貴女は処女です。処女はご存知のとおり魔女にはなれません。

  ですから丁度良い、今から貴女の処女を奪おうとする男の命を貰いましょう。

 処女だと処刑出来ないのでゴーカンして処女じゃなくしてしまえ、と考えるようなふてえ輩ですよ。死に値する罪です。気にする必要はありません。

 今から貴女の身体に魔術を施します。貴女の身体を抱いた男を死にもたらす甘いあまーい毒の身体に変えましょう。男は至上の快楽の中、死ねるのですからなんとも羨ましい死に様ではありませんか。ですから貴女が気に病む必要はございません。

 清らかな処女を貶める罪深き男に正義の鉄槌を。

 さあさあ、貴女はただ身を委ねるだけでよろしいのです。全てが終わり、気が付いた時には貴女は魔女におなりに。

 さあ、魔術をかけますよ、さあさあさあ。


 なんだか、猫悪魔に押し切られた感じだったけど。あたしは猫悪魔と契約して、魔術をかけてもらうことにした。

 猫悪魔は私の胸の谷間に肉球を置いて呪文を唱えた。


 汝は我が王の奴隷。その身は全て我が王のものなり。


「あつっ」


 煙が立って私は悲鳴をあげた。私の胸の谷間には肉球型の火傷が出来ていた。


『これで貴女は魅惑の毒婦におなりに。ああ、そうそう。その魔術を施す代償として貴女の言葉を奪いましたけども。貴女は言葉を話せませんがそれも魔女の儀式が終わるまでのことです。いずれ戻りますので心配なさらずに』


 なんだって?


 そう言おうとした私の口はパクパクしただけだった。

 うわ、こいつ、本当に言葉を奪いやがった。


『では。処女喪失お気の毒ですが、頑張って』


 何を頑張れというのだ。

 あたしの目の前で猫悪魔は再び紫の煙に包まれ、姿を消した。



 * * *



 そして次の日の今朝、異端審問官の奴らが来た。

 奴らは暴れまわるあたしを押さえつけて陽の光が差し込む部屋へと連れて行くと服を脱がせた。


「悪魔と契約を交わした印があるはずだ。探せ」


シュミーズ一枚にされた私の白い身体が光にさらされ、周囲の男たちの目つきが変わった。

 まだ若い男は私の身体に興味津々でガン見していたし、年寄りの男は粘っこいいやらしい目で私を眺めた。屈辱でしかなかった。

 特に色白の水太りの気持ち悪い男なんて私の胸がはだけた途端、目を輝かせて鼻を膨らませて気持ち悪いったらなかった。


「それではないか。その胸の間の跡だ」


 わかりやすいところにあるもんだから、肉球の印なんてすぐに見つかった。


 色白デブ男が私の胸に触れた。

 触るなコラァ! 私の玉の肌によくも触れたなぁ!


 あたしは肌にも胸にも自信がある。いつか旦那さまになる方のために今まで一生懸命アーモンドの粉とラベンダーとヨーグルトで磨いてきたのに!


「早速、その印に剣を」


 色白デブ男は装飾を施された小刀のようなものを出すといきなり私の胸に刺した。


 いてぇ! なにすんのよ、このデブ!


「おお、血が出ない」

「傷にならないぞ」


 私を取り囲んでいた男たちが騒いだ。


 嘘。めちゃくちゃ痛いのに。


 私は驚いて胸の間を見下ろした。きらめく刃の先っぽが刺さっているけれども皮膚が少し凹んでいるだけで中には入っていなかった。

 悪魔の印は、傷をつけようとしても傷がつけられないっていうのは本当だったんだ。


「これぞ悪魔の印。白状せよ、お前は魔女だな」


 だからあたしは魔女じゃないってば。(正確にはまだ、て意味だけど)


「お前が魔女なのは事実確定だが、手順は従来どおり踏んでやろう。七日後、お前を刑に処す。心して待つがいい」


 あたしの身体を舐めるようにして見ながら白デブ男がにやけながら言った。


 くそう。こいつら、これから一週間あたしの身体を散々嬲る気なんだ。最低の奴らだ。

 嫌悪感と悔しさで涙がにじんだ。


 今に見てろよ。あたしの初めてを奪った奴、目に物見せてやる。

 そして、魔女になったら全員ヒキガエルに変えてやるからな! 待ってろ、コンチキショー!


 言葉が話せないから、俯いて心の中で罵詈雑言を述べたてるあたしの前に、出てきた一人の男のサンダルが見えた。


「皆さま、この魔女は明らかな悪魔の印を持っております故に、力も強大でありましょう。妙な術をかけられてこちらが被害を被るやもしれませぬ。危険であります故に今回はまず私に尋問をさせてくださいませぬか」


 涼しげで凛とした声に私はその背の高い男の顔を見ようと顔をあげた。

 次にはあたしは目を見開いた。


 嘘。


「どうか。私にお任せを」


 私の頭ひとつぶん上から見下ろしている整った美しい御顔。

 濃い茶色の髪に茶色の目。

 長身の美形修道士は私を見つめたまま、低い声で呟いた。


「覚悟しろ、魔女」



 嗚呼、なんてこと。

 貴方は。


 思い出の『プレッツェル』の君!

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