第9話 マテウス様の秘密
「おおっ、イッたか?」
痘痕男が興奮した声で言うと、あたしの中から指を抜いた。
「満足したろ。今度は俺たちを満足させてく」
あたしの脚の間で気ぜわしくローブの裾をかきあげる痘痕男が次の瞬間には吹っ飛んだ。
「うわっ」
あたしの上半身を押さえていた細い男が手を離し、慌てたように立ち上がる。
「マ、マテウス様……」
「出て行け」
痘痕面の男を蹴飛ばしたマテウス様が、細い男の胸ぐらを掴み上げた。
「す、すみませんっ……お、お許しをっ」
「私の担当だと言ったはずだ。勝手に入って、尋問の邪魔をする気なのか」
細い男を突き飛ばしたマテウス様に
「何が尋問だ。時間かせぎしてるだけだろうが」
吹っ飛んだ先で、痘痕男が笑いながら立ち上がった。
「どうせ幼な馴染みの女か何かなんだろう? 諦めろよ、魔女になっちまったんだからよ」
マテウス様に近づき、男は背伸びしてへらへら言う。
「見ただろ。この女の悦びようを。死ぬ前に俺たちで可愛がってやってたんだよ。お前も混ざればいい」
「この女は悦んでなぞいないし、望んでもいない。お前たちの行為に反応してただけだ」
マテウス様。
その言葉にあたしは全身の力が抜けた。
あたしの乱れた声を聞いたマテウス様は、あたしを軽蔑するんじゃないかと思ってたから。
「女の気持ちが良く分かるんだな。マテウス。お前も同じだからな」
痘痕男は野卑な笑みを浮かべた。
「副修道院長のお気に入りだからって偉そうにしやがって。その理由を知らないとでも思ってんのかよ」
「出て行け!」
「副院長の部屋に行って尻出して這いつくばって懇願しろよ。女を解放してくれるかもしれねえぞ」
「出て行けと言ってる!」
痘痕男は両手をあげて肩をすくめると背中を向けた。その後に細い男が慌ててついていく。
「お前がその女の身代わりになっちまえよ。その罪を火に焼いてもらえ」
笑い声を立てながら痘痕男が去っていく。細い男が扉を慌てて閉めて、部屋の中はまた静かになった。
マテウス様。
ありがとうございます。
振り向いたマテウス様に言いたかったけどあたしは言葉が出ない。
マテウス様は無言であたしの脚に下着を通し、再び腰で紐を結んだ。
「君の身体があいつらに汚された」
低い声はひどく怒っているようで怖かった。
男たちの唾液が身体にこびりついているようで確かに厭わしい。それでも、男たちが与えた快楽の余韻はあたしのお腹の奥に残っていて、満足している自分がいるのが分かった。後ろめたくて、あたしはマテウス様から目をそらした。
毛布であたしを包んだマテウス様はあたしを見下ろして言い聞かせた。
「恥じなくていい。君の身体が反応したのは自然なことだから。小用と同じだ」
マテウス様はあたしの髪を撫でた。
「ここを離れて申し訳なかった。君は。変わりない。昔のままだから。天使のようなフラン」
マテウス様。
指を絡ませたあたしの赤毛をマテウス様は目を細めて眺める。
「私は。君が好きだったのだと思う」
……え?
今、なんて言ったの、マテウス様?
「多くの少年たちと同様に。私は君に惹かれていたのだろう。自身の気持ちに気づくことが出来なかった。少年らしい心で私は君の店に何度もプレッツェルを買いに行ったんだ」
なんですと?
「自分の気持ちをどう表現していいか分からなかったんだと思う。君と近づきたかったのだろう。だが、私は君と目を合わせることも出来ず、話しかけることも出来ない臆病な少年だった。だが、それ以上に。私は自分が恥ずかしかったんだ。君は綺麗で朗らかで天使のような少女で。それに比べて私は」
マテウス様の声が震え、間があいた。
「私は汚れていた。男娼同然だった。母が死んで私を引き取った養い親は母の叔父だった。妻を亡くした彼は私の身体を女がわりにした。物心がつく前から彼は幾度も幾度も私を抱き、欲を満たした。多くの少年たちが健やかに眠っている時、私はベッドで毎晩叔父に抱かれていた。その行為の意味を既に知っていた。自分が惨めで情けなくて恥ずかしくてならなかったよ。だから、たまらず教会の神父に私は告白したんだ」
あたしは息を飲んで言葉を聞いていた。
「神父は私を叔父から引き離そうと修道院に入るよう勧めた。叔父から逃れられると期待した私は、その言葉を救いの言葉だと思った。神父は確かに私を救う気でそうしたのだろう。だが、修道院で私を待っていたのは叔父と同じ仕打ちだった。何故だろうか。何故か私の容姿は人々をそういう気にさせるのだそうだ。年嵩の修道士たちに毎晩抱かれ、私は絶望の中、生きていた。身寄りのない私には、もうここしか場所がない。叔父のところに戻る気もない。私は人の欲望をかきたてるそんな罪深い種類の人間なのだと悟った。先ほどの男の言ったとおりだ。私は生れながらにそういう存在なのだと」
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