第6話 恥辱とおまると蝋燭と
ーーもう、あたしには恥ずかしいことなんて何もない。
あたしは両手を縛られて板の上に乗ったまま、すわった目で天井を見上げた。
人としての尊厳を失った気がするわ。いえ、なんていうか、むしろ達観の域に入っちゃったのかも。
切ない気持ちで私は今までの自分と決別する。
ーー実はあの後すぐ、本当にあたしに
マテウス様があたしの手枷の拘束を解くことは無理みたい。鍵は異端審問官の誰かが持っているんだわ。
拘束さえ解いてくれれば私は自分で自分の用くらい足すわよ! でもそれができないんだから仕方ないじゃない。
今までの人生で一番、あたしは
最後には腹をくくった。
何事も『垂れ流し』よりマシよ。
合図として脚をふみ鳴らしたあたしにマテウス様が気がついて。
そこから先は言いたくない。思い出したくない。
「気にしなくていい。自然の理なのだから」
おまるを持ったマテウス様が去ったあと、私は持っていたちっぽけなものがとうとう壊れて崩れ去ったのを感じた。
一体、なんてことなのよ。
初恋の君と初キスを交わした麗しき最上の日から。
直後に初恋の君に自分の
どんだけの急上昇と急降下?
それもこれもあたしを魔女だと言いつけた異端審問官のせい。
くそう、絶対に許してやるものか!
『その意気ですよ。そうそう。これだけの恥辱を与えられて黙っていられますか。魔女になった暁には、奴らに手加減なしの制裁を』
ずっとそばに居て、あたしの様子を面白そうに見守っていた猫悪魔がふわふわとあたしの顔の近くまで来た。
『あの男、貴女を憎からず思っている様子。次は貴女の身体を拭くそうだから、そのときさっさと誘惑してさっさとヤラレておしまいなさい』
嫌よ!
マテウス様のお命を犠牲に魔女になるのは嫌!
マテウス様があたしをここから解放してくれるまで待つわ。それから先に、処女喪失して魔女になっても別に遅くはないでしょ。
『おやおや。あなたは甘い考えをお持ちだ』
猫悪魔はあたしの考えが読めるのか呆れたようにため息をついた。
『このドイツで魔女疑惑で捕まった者のうち、無事帰還できたのは何名だと思ってるんです?』
し、知らないわよ。
『ほんのわずかです。他国なら鞭打ちで帰される確率の方が高いですが。ドイツ人はなんというか凝り性アンド徹底してますんでね。拷問具の創造性と完成度に関してはあちきも真っ青、あっぱれなほどですよ。あの男も言ってますように、一度捕まえた貴女をやすやすと解放するのは本当に難しいんです。告発した異端審問官の沽券にも関わりますんでね』
なにそれ。ジジイのコケンなんかどうでも良いわよ!
『しいては教会の面目丸つぶれにもなりますので。一回やっちゃったら、もう後には引けない、てやつですか。まあ、いつまで我慢が持つか。身をもって試すがよろしいです。修道士、て奴は禁欲を強いられてますからね。厄介なもんですよ。抑圧された性欲が発散出来る場が与えられればそれこそ際限なくハッチャケる者が多いんでね。神の名の下に、それこそ罪悪感なぞ抱かないんですから。あの男も淡白ぶってますが、一皮むけるとどうなるか』
マテウス様は違うわ。 そんなことするもんですか。
『そう言っておれるのは今のうち。男、てやつを貴女はまだご存知ない。ネンネの処女のくせに』
うくく、と肩をすくめて笑うと猫悪魔はあっさりと紫の煙とともに消えた。
マテウス様は大丈夫よ。
高潔な方だもの。
あたしの身体を拭くだけよ。
あたしも大丈夫。耐えてやる。さっきみたいにヘンな身体になっても、理性を失なわないようにするわ。
扉が開く音がして、マテウス様が戻って来た。右手には火のついた蝋燭。左手に持った桶にはお湯が入ってるみたい。
「調理場から失敬してきた。冷めないうちに済まそう」
前向きに考えれば、身体を綺麗にしてもらう前に、
そう考えた自分にあたしは強くなったと感心した。
「もう暗いから」
あたしの顔の横に蝋燭を置き、桶を置いてマテウス様は膝をついた。
「じゃあ、顔から」
湯気が立つ絞った布があたしの頰に触れる。
温かな湿った布があたしの肌を拭っていく。
気持ちいい。
薄暗くぼんやりとした中でマテウス様があたしの気持ちをほぐすように語りかけた。
「昔の君のことを覚えているよ。君の珍しい灰色の目と燃えるような赤毛が。村の女の子の中でも目立っていて」
あたしの真っ赤な髪とそばかすだらけの顔はあたしの引け目でもあった。
私の頰を優しく撫でながらマテウス様が続けた。
「少年たちは君の気を惹こうと必死だった」
あたしの顔のつくりはそこそこ上だってことは昔から知ってた。あたしのかあちゃんがべっぴんで有名だったから。男の子にちょっかい出されることはよくあったし。それでも、上には上がもっといるっていうのは知ってたからあたしは天狗にはなっていなかったわよ。
マテウス様があたしの髪に手を伸ばした。
どきん、とあたしの胸が鳴る。
温かなマテウス様の手が次々にあたしの髪をかき分けて、まるで頭を撫でてもらってるよう。
大きな手のひらと指にあたしは肌が触れ合っていることを生々しく感じた。
……また少し、いやらしい気持ちになってきたかも。
だって暗いし。蝋燭の炎がチラチラ揺れて。
マテウス様と二人きり。
なんだかすんごく雰囲気があるんだもの。
ダメ。我慢しなきゃ。何か別のこと考えるのよ。
そう、ここは、あたしの家で。
部屋の中でたらいに入ったあたしがかあちゃんに頼んでる。
ーーかあちゃん。あたしの背中ふいてよ!
そう。いつもしてること。それと同じ。
あたしの地肌をぬぐい終えた手が離れた。
ちゃぷん。
温かな音がして。
もう一度湯に浸した布をマテウス様が首すじに当てた。
あたしは目を閉じた。
「反対側を向いて」
指示通り、あたしは反対側の首を差し出す。
どうしよう。
悪魔に淫らな身体にされたせいだと思うけど。
やっぱり目を閉じると淫らな想像をしちゃうわよ。あたしの身体をまるでマテウス様が夫のように愛しているかのよう、なんて妄想を。
肌を滑るのは布ではなくてマテウス様の唇。
肩をなぞり、唇は腕から指先へ。
指の一本一本を布で包まれたときは、思わずあたしは息を呑み、まるでマテウス様の口に含まれたようだと思った。
唇は腕の内側を戻り脇の下を通過する。
「あ」
声が出てしまった。
くそう、あの猫悪魔。
言葉は出せないのに、喘ぎ声は出せる、なんて一体どんな魔術なのよ。
「ここが一番汚れてるから」
目を開けたあたしにマテウス様は弁解するように言うと、毛布をはいであたしの胸元に手を伸ばした。
肩紐をほどき、あたしのシュミーズを引きおろす。
前言撤回。
恥ずかしいものはやっぱり恥ずかしい。
かーっ、とあたしは顔に血が集まるのを感じた。
マテウス様にあたしの胸を見られるなんて。
目をギュッとつぶった。
胸肌が空気にさらされてひやりとした。絶対にあたし、乳首立ってる。
マテウス様がどんな顔してあたしの身体を見てるのか知りたいような気がしたけど。あたしは恥ずかしくてやっぱり目が開けられなかった。
温かな布はあたしの胸の谷間を拭ったあと、円を描くようにあたしの乳房をのぼっていった。
「んっ」
離れる直前にマテウス様の指が乳首に触れてあたしは小さな声が出た。
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