第5話 魔法のからだ
あたしは自分がすごくいやらしい女の子だってことを自覚していた。
物心ついた時には、脚の間を擦り付けると気持ち良くなる、てことは分かっていたし。
自分の身体を指で触れ出したのは子供の時からだったと思う。
偶然の一回だけの絶頂を思わず知ってからは、なんだかびっくりして、それ以上のことは怖くてしなかったけど。
罪なのは分かってた。自慰は三年の贖罪だもの。それでも月経前にはすごくいやらしい気持ちになって、ベッドの中で私はいつも脚の間を触っていた。
その。
百倍が、身体に突然きた。
「はあっ」
突き上げてくるお腹の熱い塊のようなものにあたしは気絶しそうになった。
吐息がもれる。目が潤む。
身体をくねらせてしまう。
やだ、やだ。どうして手が自由に出来ないの。
あそこに触れたい。思いっきり擦りたい。
「んっ」
太腿を擦り合わせる。もぞもぞお尻が動いてしまう。
「どうしたんだ、フラン。顔が赤い」
突然豹変したあたしの様子にマテウス様は心配そうに聞いた。
助けてマテウス様。あたし。
やだ、やだぁ、こんなの。
腰が勝手にうねる。下腹部がきうきう鳴いてるみたいに切ない。知らない、こんな感覚、今まで感じたことない。
助けて。いや、やだぁ。おかしくなる。
『おやおや、ひどい乱れよう』
呆れたように猫悪魔がそんなあたしを見て、のんびりと笑う。
お前のせいだろ、猫!
睨みつけると猫悪魔の後ろに立っていたマテウス様が狼狽えたように身じろぎした。
「どうかしたのか? 君は何か発作でも起こす病でも持っているのか?」
「んっ」
身体中が熱い。ドキドキ、心の臓の音が聞こえる。どっと汗ばむのを感じる。
こんなの。狂い死にしちゃう。
覗き込むマテウス様のお顔もかすんで見える。
「どうし」
「はあんっ」
伸びたマテウス様の手があたしの首筋に触れた途端。
あたしは、びくりと身体を震わせて達してしまった。
『ええっ! ウッソオ! なにそれ。そんだけでイッちゃったんですかあ? なに、この処女?』
猫悪魔が驚いて騒ぎたてる。
身体を突き抜けた快感が強すぎて、あたしはぐったりと脱力した。
『感度良過ぎでしょ、貴女。全身、性感帯なんですか、なんて処女だ。大変だ、こりゃあ気が狂わないでくださいね」
もう狂いそうなんだけど。元の状態に戻してよ、エロ猫!
人生2度目の絶頂に、あたしの身体は少し満たされたのか、さっきよりは下腹部の疼きが落ち着いてマシになったけど。
さざ波のような性欲の余韻がまだ下腹のあたりを漂っている。動悸は収まらない。
はあはあ、息を荒げるあたしをマテウスさまが御顔を近づけて覗き込んだ。
「てんかんとは違うと思うが。大丈夫かな。おさまったのかな、フラン?」
どきん。
色男の唇がすぐそばにある。
綺麗な肌、頰にかかる男の吐息。
やだ、なにこれ。
あたしの身体を熱い欲情がぐわりと押し寄せた。
この人に触れたい。近付きたくてたまんない。
形のいい薄めの唇を吸いたくて私は顔をもち上げてマテウス様の唇にちゅ、と吸いついた。
少し乾いた唇に触れた途端、あたしは頭から足の先までとろけるような甘い痺れを感じた。
ああ、マテウス様。
マテウス様の身体からは涼やかな
すごい、イメージどおりの匂いなんて。
黒い森の匂い。森の王子様みたい。
マテウス様がびっくりしたように慌てて顔を離した。
あたしは欲情に潤んだ目で乱れた呼吸を繰り返す。
口を押さえて少し顔を赤くしたマテウス様は
「……感謝の意を表したかったのかな。君は」
しばらくして、あたしから目をそらした。
「そんなことはしなくていい。いや、伝えたいのなら構わないが……その。すまない、驚いて。前にキスなどしたのははるか昔で。あまりにも柔らかくて甘くて。女性の唇とはそんなに柔らかくて甘いものだったろうか……いや、なんでもない」
ごにょごにょと呟いた後、
「次からは頰にしてほしい。いいかな」
目をそらしたまま、少し冷たい口調でマテウス様が言った。
ご、ごめんなさいマテウス様。ヘンな感情に押し流されて。つい。
あたしはこくんとうなずいた。
それでも。
初めてしたキスの相手が初恋のプレッツェルの君なんて。
すごく幸運なことかもしれない、なんて子供みたいな気持ちであたしは感動して舞い上がってもいた。
『なんなんですか、なんなんですか。お二人。いい年こいた男女でしょうが。子供のおませごっこみたいなことやってんじゃありませんよ。少しも面白くないですよ!』
猫悪魔が空中で地団駄を踏んでいる。
あたしはそれを聞き流しながら、心の中で不思議な満足感に浸っていた。
「君は。本当にお菓子のような甘い香りがするんだな。過去に君の身体からはフロランティーナの匂いがしていたことを思い出したよ。今は、フロランティーナとは違うけど、もっと濃厚で良い香りだ。審問官さまは君を魔女だと言ったが、魔女がこんな素敵な香りがするはずがない」
深みのある声のマテウス様の言葉をうっとりと聞く。
一気にあたしは昔の気持ちに引き戻されてしまったみたい。あのときの恋に恋するような少女の幼い純粋な心に。
大好きなプレッツェルの君を見つめてばかりいたおしゃまな女の子に。
「ところで先ほどの君の様子だけど。気づかなくて悪かったね。もしかして」
マテウス様が探るようにあたしを見た。
「便意が来たのかい。そういうことかな」
一瞬のち。
ぶわはははっ、猫悪魔が吹いた。
あたしはブンブン真っ赤に顔を振って脚もバタバタさせて全身で否定した。
『あはは、この男良い味だしてまさあなあ。いけすかない野郎ですが、ちょっと気に入りましたよ』
猫悪魔は宙でお腹を押さえて笑い転げている。
「違う? そうか、それなら良いんだが」
マテウス様は必死に否定するあたしの反応を見て、ぷ、と笑った。
どきん。
初めてマテウス様の笑顔を見ちゃった。
くしゃり、と顔が幼くなるようで、かわいい。
でも、どこか意地悪そうな笑みにも見える。
もっと笑顔を見ていたかったけど、マテウス様はすぐに表情を変えてまた対処法を指示した。
「便意が来たなら足をふみ鳴らしなさい。すぐに」
はい。分かりました。
「また、水を飲むかい?」
頷いたあたしはこの間のように頭を支えてもらって、水差しから飲んだ。それが引き金になったみたい。
悪魔にいきなりかけられた魔術で急激な変化をおこしていたあたしの身体はかなり負担がかかっていたんだと思う。
悪心がして。あたしは自分の胸に嘔吐してしまった。
「ああ。気にしなくていい。服を変えてあげるから」
マテウス様は出した布であたしの身体を拭ったあと、気付いたように続けた。
「ひどく汗もかいているようだから、身体を拭いてあげよう。お湯を用意する」
え。
あたしはその言葉に次に来たる拷問が予想できて蒼白になった。
『おやおや、面白くなりそうだ』
猫悪魔がマテウス様の頭の上に乗っかり、そんなあたしの様子を見てニヤニヤした。
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