第22話

 教室に戻ったリオの周囲は笑いに包まれていた。


 球遊び参加者の三割は級友たちだ。


「やっぱりエレナ嬢たちはリオの顔を知らなかったんだな」


「しょうがないわよ。

 リオは三月の途中で編入してきて、その後も半分は学院を休んでいたもの。

 中等部で同じ学級だった人でも、ほとんど面識がないはずよ」


「あの見せ物は何度見ても面白いな。

 なんでああいう奴らは、みんな同じような反応になるんだろうな」


「リオもリオで、素であの対応だからたちが悪いよな」


 リオも小首をかしげて口を開く。


「学院内は王族を除いて、原則として平等と教わったわ。

 なのに、なぜ身分をひけらかす人が後を絶たないのかな……不思議ね」


 レオナルドが笑みを浮かべて応える。


「身分を笠に着る貴族子女がそれだけ多いんだよ。

 リオみたいに、平民を含めた皆と対等の立場にしてくれと、『上から要求する奴』はまず居ない。

 家格に矜持を持つ奴も少なくないしな」


 リオが憂鬱そうにため息をついて応える。


「私は王宮で充分息苦しい思いをしているもの。

 学校でぐらいは、平民の時と同じように対等で居られると喜んだのだけれど……。

 あんな息苦しいものを好むだなんて、貴族って不思議な生き物なのね」


 レオナルドが大笑いしながらそれに応える。


「ハハハ! リオは元平民だから、そう思うのも仕方ないな。

 ――だが貴族社会は階級社会だ。

 階級を基準として社会が回るようになっている。

 その貴族の子供が、親と同じ価値観を持つのは避けられん。

 そういう教育を受けるからな。

 リオは平民の価値観を持ったまま、その貴族社会の最上級の権威に収まっちまった。

 お前も大変そうだよな」


 リオが小首をかしげてつぶやく。


「私は別に、学院で身分を隠してる訳じゃないわよ?

 なのに、どうしてみんな私が第三王子妃だと気付かないのかしら?」


「高等部は中等部の繰り上がりが大半で、学級内で自己紹介をする機会もなかったしな」


 リオは球よけ遊びドッジボールで親しくなった人間以外に、学院内で顔が知られてない。


 社交界にも顔を出していないリオは、貴族社会に顔が売れてないのだ。


 『リオ・マーベリックが第三王子妃になった』という噂は有名だ。


 だが元平民のリオの顔を知る人間が、極端に居なかった。


 エレナのような目に遭った人間も、リオからの報復を恐れて口をつぐみ、距離を取る。


「――だから大半の人間にとって、お前は未だ謎の人物扱いなのさ」


 別の女子生徒が言葉を添える。


「リオは身分を隠してはいないけど、ひけらかしても居ないもの。

 その上、対等な立場を周囲に要求するし。

 社交界で見た事もないリオを見て、平民と思ってしまうのも無理はないのよ」


 別の男子生徒が言葉を付け加える。


「その対等の対応だって、つがいの巫女直々の要求だから応じざるを得ないだけなんだぜ?

 俺たちだって最初は、内心で戦々恐々としながら命懸けで接してたんだ。

 ――ま、すぐに怖がる相手じゃないってのも理解できるようになったけどな。

 教師たちは未だ、恐る恐る対等に扱っているはずだ」



 リオは学校側にも『他の生徒と対等の立場として扱って欲しい』と要求していた。


 王族だからと例外扱いにするのを嫌った形だ。


 学校側は不本意だったが、王立学院である。


 王族の発言に抗う術はない。


 つがいの巫女の要求を跳ね除ける事も不敬だ。


 一度は考え直すように申し出てはみたが、リオは首を縦には振らなかった。


 学校側から上奏を受けた国王も、リオの意志を尊重するよう通達した。


 元平民であるリオが王宮で窮屈な思いをしている事を慮り、息抜きの場を許可したのだ。


 結論として、教師たちはリオに対して敬語も敬称も禁止された。


 王家の名に敬称を付けないのは心理的に憚られ、必然的に『リオさん』と、ファーストネームだけで呼ぶ人間ばかりになった。


 これが、なおさらリオが王族であることを分かりにくくさせていた。


 もっとも、これが問題になるのは身分を笠に振舞う生徒たちだけだ。


 最初から学院が掲げる建前通り、他の生徒たちと対等で在ろうとする生徒にとっては問題にならなかった。


 せいぜい、名乗りを受けた時に衝撃を受ける程度だ。


 それもその場でリオが対等な立場を要求し、即座に順応するので些末な事だった。



 リオが小首をかしげて疑問を口にする。


「『応じざるを得ない』の?

 みんな本当は、私の事を王族として扱った方が心が休まるのかしら?」


 レオナルドが肩をすくめて、苦笑する。


「ま、正直に言ってしまえば、貴族子女の一人としてはその方が有難い」


 学院の外で『うっかり』をやらかすのが怖いのだ。


 だが今さら、対等な友人となったリオを学院内で王族として扱いきれる気もしなかった。


 今の対等な状態は、心地良いのだ。


 球避け遊びドッジボールもやりづらくなる。


「――つがいの巫女に球をぶつけるなんて、本来ならそれだけで首が飛ぶぞ?」


 リオがにこりと微笑んで告げる。


「じゃあみんなには悪いけど、引き続き対等の立場を要求するわ。

 学院は私の数少ない息抜きができる場所なの。

 その憩いの場がなくなるなんて御免よ」


 レオナルドが微笑みを浮かべて応える。


「リオならそう言うと思ってたよ。

 あとはミルス殿下の嫉妬の矛先がこっちに向かないようにだけ気を付けてくれ。

 時々、殿下の視線が俺に刺さって怖いんだ」


「男子の中でも、レオナルドは特に私と親しいものね。

 分かったわ。王宮に帰った時に、改めて言い含めておくわね」


 そばの女生徒が微笑んで心情を吐露する。


「私も、身分を気にしないですむリオのそばが居心地いいわ。

 そういう人間も居るってこと、忘れないでね」


 学院内に貴族の階級社会を持ち込む人間を疎む貴族子女も、少なからず居る。


 そんな貴族子女たちもリオのそばは、やはり憩いの場と感じていた。


 学院の外では嫌でも向き合わねばならない世界だ。


 建前がある学院内でぐらい、息を抜きたいと思っているのだ。


 リオが女生徒に微笑んで応える。


「分かったわ。私はこの憩いの場を必ず守って見せるから、安心してね!」


 レオナルドがリオに尋ねる。


「それで、いつになったらリオは社交界に出てこられるんだ?

 顔が売れれば、エレナ嬢のような鬱陶しい連中も少しは減ると思うんだが」


 リオは難しい顔をして悩み始めた。


「まだまだ、私には覚えなきゃいけない作法が多すぎるわ」


 作法の教師から合格を貰うまで、大規模なものは無理だろう。


 初日の夜会で好き勝手に大暴れしたのが、心証に響いていた。


 親しい友人との小さなお茶会が、今の限界と言っていい。


「……ん? レオナルド、今エレナさんを鬱陶しいって言った?

 もしかして公爵家令嬢を振ってしまうの?

 格上の家からの折角の縁談なのでしょう?」


「ハハハ! ああいう身分を笠に着る女を嫁に貰いたいとは、俺にも思えないからな。

 婚姻後も『元公爵家』を鼻にかけて、何をするか分かったもんじゃない。

 別にエレナ嬢以外にも釣書は届いてる。

 相手に困ることはないさ。

 望めるなら、リオみたいに裏表のない、気持ちのいい女が好みだが、こればっかりは難しそうだ」


 リオが微笑んで応える。


「レオナルドに、良い出会いがあるといいわね」

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