第25話
武台の中央でミルスとリオが向かい合い、互いに構えている。
その様子をエルミナとファラ、ヤンクとアレミアが武台の外で観戦していた。
リオが身体をまばゆく輝かせ、瞳を金色に染めながら告げる。
「できる限り手加減なし!
間違って顔を殴っても怒ったりはしないから、安心してね!」
「わかった、そのつもりでやってみよう」
次の瞬間、リオが床を蹴って間合いを詰め、ミルスの腹を目掛けて拳を振り抜く。
それをミルスは受け流し、腕を絡めとって床に投げつける。
リオは空中で身を翻し体勢を整え、ミルスの頭部に蹴りを放つ。
その蹴りを、ミルスは両手を離して離脱する事で避け切った。
着地した二人が、再び地上で構えを取る。
ミルスがリオに問いかける。
「――なぁリオ、それで手加減してないのか?」
「してるつもりは一切ないよ? 何か不満?」
「ヤンク兄上とやり合ってる時も思ったが、今のリオには怖さを感じない。
エルミナ兄上相手に苦戦してた時のリオと比べると、精彩を欠くどころじゃないな」
外野からエルミナが二人に語りかける。
「リオさんの力は感情に大きく依存します。
前回私がやったように、苦境に追い込まないと潜在能力を発揮できないのかもしれません。
そこはミルスと似ている点ですね。
あるいはミルスがリオさんに『貸しを作って』ってはどうですか?
その途端に、リオさんは恐ろしい相手に化ける可能性はありますよ」
ミルスは顔を引きつらせてエルミナに応える。
「……兄上はそんな恐ろしいことをしろと、本気で言ってるのか?
借りを作ったリオの爆発力は確かにとんでもない。
その借りを返すまで、絶対に止まらないからな。
だがどうやったらリオが『借りを作った』と感じるのか、それがわからん」
ファラが何かを思いついたかのように両手をぽんと胸の前で打ち合わせた。
そのまま大きな声でリオに語りかける。
「そういえば先週末、夜会があったのよ。
リオさんはまだ夜会に出席が許されていないから知らなかったでしょうけど。
その時ミルスは五人の淑女とダンスを踊ったの。もちろん、ラストダンスもね。
相手の子はミルスに好意を寄せていた侯爵令嬢だったから、踊っている間はそれはもうべったりとくっついて恍惚としていたわ。
ミルスが婚姻した今も、まだ想いを捨てきれていないみたいね。
その子はとても綺麗な子だったから、ミルスもまんざらでもなさそうにしてたのよ?」
リオが瞳を
「……ラストダンスを踊ったの?」
ラストダンスの意味――伴侶や恋人、意中の人を相手に踊るものだと、リオは教えられていた。
つまり相手の令嬢は本気だったという事だ。
ミルスは一気に顔から血の気を引かせて、しどろもどろで応える。
「あー……その、相手の子がだな、どうしてもと泣いてせがむし、お前も居なかったし……。
ファラやアレミアは兄上たちの相手をしなきゃならんから、逃げ場がなかったんだ」
「……その子、綺麗な子だった?
ミルスの好みの子だった?」
「いやその、客観的に見れば……まぁ、美人だろうな」
ファラが外野から言葉を添える。
「リオさんとはタイプが違うけど、以前からミルスが弱いタイプの可憐な子だったわよ?
男心をくすぐる、つい守ってあげたくなるようなタイプね。
未だに想いを捨てられないだなんていじらしい所も、多分ミルスの好みよ?」
ミルスが慌てて、必死にファラの言葉を否定する。
「ファラ! 火に油を注がないでくれ!
――リオ、そんなことは決してないぞ?
俺は仕方なく、渋々踊ったんだ。
分かるだろう? 俺には、お前だけだ」
リオはきょとんとした顔で、小首をかしげる。
「でも、べったりとはされてたんだ?」
「そういう踊りだったんだ、無理に距離を取るなんて、相手を酷く侮辱する事になる。
いくらなんでも、それはできない」
「……まんざらでもなかったのは、本当?」
「待て。冷静になれ。
おまえらしく、冷静に朗らかにな?
まんざらでもないように見えるのは、嫌な顔をしていても相手を侮辱する事になるからだ。
礼儀として最低限の態度を取っただけだ。
講義を受けているお前なら、その必要性も理解できるだろ?」
リオはきょとんとした顔で少し思案してから、微笑んでうなずいた。
「――もちろん分かってるわ!
大丈夫よ? あなたも第三王子ですもの。
逃げられない時もあるわよね。
その場に居られなかった私が悪いのよ。
あなたは何も悪くないわ」
その無垢な笑顔を見て、ミルスは覚悟を決めた。
リオの心理を読めてしまったのだ。
『ミルスは悪くない、悪いのはダンスを強要した令嬢だ』と結論付けたのだと、正確に把握した。
ラストダンスを踊った少女を見つけた瞬間、『伴侶にラストダンスを強要した女』として、リオは
まず拳で捻じ伏せ、その後始末に権力を惜しみなく注ぐ。
その状況がありありと想像できたのだ。
巫女の力を全力で出したリオの拳に、令嬢の命が耐えるのは不可能だ。
リオに見つかった時が令嬢の命運が尽きたときと言える。
そのカウントダウンが今、始まってしまったのだ。
ミルスが真剣な表情で告げる。
「……リオ、相手の子に何かをしようと思ったなら、それは絶対にやめてくれ。
その分は俺が今、全て受け止める。
王家としても、彼女に危害を加えられると困るんだ」
リオが小首をかしげて尋ねる。
「……ミルスが受け止めるの? 本当に? 全てを?」
ミルスがうなずいた。
「ああ、俺を彼女だと思って、吐き出せるだけ吐き出してくれ。
それで借りを返したと思ってくれ。
約束してくれるなら、俺はどうなろうと構わん」
リオの表情から笑顔が消え、真顔になってミルスに尋ねる。
「そこまで彼女が大事なんだ?」
「勘違いするなよ?
国家運営に支障をきたしかねないから庇っているだけで、他意はない。
俺が好意を持っているのは、お前だけだ。
お前は俺の妻で、お前の夫は俺だ」
「ふーん……」
「理解してもらえたか?」
リオは真顔のまま構えた。
「――さぁ、手合わせを再開しましょう?
しゃべっている時間がもったいないわよ?」
ミルスは頬に流れる冷たい汗を感じながら、必死に逃げ出したい衝動に耐えていた。
リオからは殺気も怒気も闘気も感じられない。
だというのに、威圧感だけが増大していく。
ミルスが固唾を飲んだ瞬間、リオの姿が視界から消えた。
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