第13話

 エルミナの巨大な魔力の槍が、大地を大きく穿つ。


 ミルスはそれを飛び退いて避け、間合いを詰めようと駆け出していく。


 竜将の証を失ったエルミナの魔力は、以前と比べると格段に落ちている。


 今のエルミナならば、ミルス一人で充分に勝てる相手だろう。


 リオは祈りながらファラに向かって駆け出し、加護の乗った拳を放っていく。


 ファラも加護で身体能力を底上げし、リオの拳をなんとか捌いていく。


 竜の巫女としての実力は、圧倒的にリオに分があるようだった。


 身体能力と技術の差を加護の力で覆す。


 相手こそ違うが、ここまでは前回の戦いと同じ流れだ。


 だがリオには違和感があった。


 『油断すると死ぬ』と言い放っておきながら、エルミナには殺気がないのだ。


 ミルスの足止めに徹し、懐に入れないように立ち回っている。


 ファラも攻撃を捌くばかりで、攻めてくる気配がなかった。


 守備に徹したファラを攻め落とすだけの技術は、リオにはない。


 攻めあぐね、時間ばかりが過ぎて行く。


 エルミナが汗をかきながら、楽しそうに声を上げる。


「やはり今の私たちでは、ミルスたちの相手は荷が重そうですね。

 ――そろそろ出てきてくださいよ!」


 その声とともに、ミルスの身体がエルミナの魔力の暴風で吹き飛ばされた。


 ただ相手を吹き飛ばすだけの魔導術式だったが、踏ん張り切れずにミルスが地面を転がっていく。


「ミルス?!」


 リオの注意がミルスに向かった隙を突いて、ファラの双掌打がリオの胸を叩いた。


 そのままリオの身体も弾き飛ばされ、地面を転がっていく。


 慌てて体勢を立て直し、顔を上げたリオの眼前にはエルミナとファラの姿があった。


「あなたの相手は私たちです」


「――そしてミルス。お前の相手は私たちだ」


 吹き飛んだミルスの前には、不敵に笑うヤンクとアレミアの姿があった。





****


 ミルスの頬を、冷たい汗が伝う。


「こんなところで成竜の儀を始める――そういうことか?」


 ヤンクがニヤリと笑う。


「私とお前がやりあうんだ。

 拳を交え始めれば、結果としてはそうなるな。

 大怪我をしないように気を付けておけ」


 睨み合うヤンクとミルスを横目に、リオは内心で焦っていた。


 ヤンク王子はミルス一人でかなう相手ではない。


 リオと力を合わせても、勝ち目があるか分からない。


 そこにヤンク王子のつがいのアレミアまでが揃っている。


 早く駆け付けなければ、ミルスは手も足も出ずに敗北する。:


 だというのに、自分の前にはエルミナとファラが立ち塞がっていた。


 彼らが動くことを許してくれそうになかった。


「エルミナ王子……何を考えているの?」


 エルミナは魔力を練り上げた槍を構えながら、微笑んで応える。


「この状況、あなたたちはどこまで覆せますか?」


「――私たちを試す、そういうこと?

 竜将の証を持ってやっと互角のエルミナ王子とファラさんが、証を失った状態で私を抑え切れるのかしら?」


 エルミナが楽しそうな笑顔で応える。


「あなたに『本当のつがいの意味』を教えてあげましょう。

 今回は簡単に勝てると思わない方が身のためですよ?」


 リオの口角が上がる。


「――上等!」


 リオは全力で加護を祈り、瞳に金色を宿してエルミナに向かって殴りかかっていく。


 エルミナの放つ槍をかわし、懐まで間合いを詰めて拳を振り抜いた。


 その拳が、横から延びてきたファラの手によって絡めとられ、リオの姿勢が大きく崩された。


「――?!」


 姿勢が崩され、身動きが出来なくなった瞬間にエルミナが放つ拳が腹に埋まる。


 立て続けにファラが再び双掌打でリオの身体を弾き飛ばし、そのまま地面を転がされていった。


 リオの胃から朝食がせりあがってきて耐え切れず吐き出した。


「リオ?!」


 ミルスの叫び声がリオの耳に届くが、胃の中を吐き出しきるまで動くことが出来なかった。


「――だから言ったでしょう?

 簡単に勝てると思わない方が身のためだと」


 エルミナが楽し気に、だが静かに微笑んでいた。

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