第14話

 ミルスの目の前で、エルミナとファラが、ゆっくりとリオに近づいて行く。


 ふらつくリオは、立ち上がるのがやっとのようだった。


 ミルスはそんなリオを気にかけ、すぐに駆け付けたかった。


 だが、目の前のヤンクとアレミアが動くことを許さない。


 隙を見せれば、自分も同じ目にあう――それが分かってしまい、動けないのだ。


 久しぶりに対峙するヤンク王子という強烈な威圧感。


 それは二年前と比べて、桁違いに巨大に感じていた。


 その傍らではアレミアが、静かな圧を加えてくる。


 リオを助けに走り、背中を見せれば『その瞬間』で終わる予感があった。


 リオを助け出すには、一人で目の前の二人を打ち負かす必要がある。


 だが格の違う二人を正面から一人で相手にしても、やはり一瞬で終わる予感があった。


 横目でリオの危機を見ながら何もできない歯がゆさで、強く唇を噛み締め、血が流れる。


 ヤンクが不敵な笑みで告げる。


「どうしたミルス。

 そのまま妻を見殺しにするのか?

 それとも、無謀にも挑みかかって成竜の儀の中で敗れるか?

 お前はどちらを選ぶ?」


 苦悩するミルスは、金縛りにあったように指一つ動かせないままでいた。





****


 リオは胃の中を空にしてようやく立ち上がり、口を制服の袖で拭う。


「……なによ、証を持ってない方が強いじゃない」


「これが『本来のつがいの在り方』です。

 以前の私は、ファラの力をそこまで信頼していなかった。

 『独りよがりだった』ということです。

 そんな私を打倒した程度でのぼせ上られては困ると思いまして。

 改めてつがいの恐ろしさを思い知って頂く。

 それも本日の目的の一つです」


 ――一人で勝てる相手じゃない、か。


 あれほど見事な連携を、即興でやってのける二人が相手だ。


 前回とは比較にならない手強さだろう。


 だがリオは、背中に流れる冷や汗を誤魔化しつつ、不敵に笑ってみせた。


「本当は前回袋叩きにされた事を根に持っていて、『仕返ししたい』とか思ってるんじゃないの?」


 エルミナがとても楽しそうな笑顔になって応える。


「――ばれましたか? それも少しあります。

 二人がかりで殴られましたからね。

 今度はこちらの番です」


 ファラが小さく吹き出し、クスクスと笑った。


「エルミナ様、やっぱり少し性格が悪くなったんじゃありません?」


「そうでしょうか?」


 きょとんとしたエルミナが、ファラに尋ねた。


 圧に飲まれかかっているリオの眼前で、エルミナとファラが和やかな会話を繰り広げている。


 だが付け込む隙を見せてはくれなかった。


 リオは小さく深呼吸をして、覚悟を決める。


 ――これは強敵だ。一人で相手をすることはできない。


 かといって、ミルスの前に居るヤンク王子とアレミアも、ミルスが動くことを許してはくれないだろう。


 あちらで動きがあれば、成竜の儀が成立してしまう。


 ミルス一人では、万に一つも勝ち目がない。


 成竜の儀が成立する前に、なんとかこの状況を一人で打破してミルスと合流しなければならない。


 リオの目が厳しくエルミナとファラを睨む。


 目を開いたまま、創竜神に強く加護を祈った。


 ――創竜神様、目の前の二人を、叩き伏せるだけの加護を!


 リオの身体が白くまばゆく輝き、瞳が燃えるような金色で染まった。


 エルミナの口角が上がる。


 ファラの目が厳しくなり、口が引き締められる。


 次の瞬間、リオの鋭い拳がエルミナの顔面に迫っていた。


 その拳は、確実にファラの動きよりも早く、エルミナの顔面を捉えていた。

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