第6話

 王宮に到着したリオは、ミルスに案内されるままに、共に廊下を歩いていた。


 王宮の兵士や使用人たちが、彼女に対してうやうやしく頭を下げ、礼を取る。


 平民のリオには、居心地の悪い空間だ。


 そのままミルスから、大きな部屋の中に招かれ、リオは辺りを見回した。


 リオが見たこともないような、見事な調度品が並んでいた。


 王族の部屋に飾る調度品だ。見ただけで『高そう』と思わせるオーラを持っている。


 そんな部屋の片隅には、リオの私物が固めておいてあった。


 その場所にリオは慌てて駆け寄っていく。


 荷物の中から銀のペンダントを探り出し、安心したようにその場にへたりこんでいた。


「よかった~。これが捨てられていたらどうしようかと思ってたの」


 座り込むリオの背後から、ミルスが歩いてきて語りかける。


「お前の事情は聴いていたからな。

 何が大切な物かもわからんから、とにかく全て余さずここに運び込ませた。

 それはそんなに大切な品か?」


 リオはペンダントを胸に抱え込みながら応える。


「お母さんの形見よ。

 お父さんから送られた思い出の品だと言って、お母さんは常に身に着けていたわ。

 今では唯一、私の手元に残った二人の生きた証よ」


「そうか……この部屋の化粧台はお前のための物だ。

 そこの宝石箱を使うといい」


 リオは振り向かずにうなずいた後、立ち上がって化粧台に歩み寄った。


 宝石箱を探り当て、その中に大切にペンダントをしまい込んだ。


 蓋を閉じた後、リオはミルスに振り返り尋ねる。


「私は今夜、これからどうなるの?」


「まずは着替えだな――おい、手伝ってやれ」


 ミルスが背後に控える従者に声をかける。


 侍女たちがリオを取り囲み、別室に案内していった。


 ミルスも別の部屋に向かうと同時に、侍女たちがその後に付いて行った。


 その背後から「一人で着替えられますから!」と叫ぶリオの声が聞こえた。


 ミルスは微笑まし気に笑みを浮かべていた。



 別室から出て来たリオは、煌びやかな白いシルクのドレスに身を包んでいた。


 先に着替え終わったミルスも、煌びやかな青いスーツに身を包んでいる。


「なんでこんな服を着せられるのよ……。

 窮屈だし歩き辛いし、これから何が起こるの?」


 疲れ切った様子のリオに、ミルスが微笑んだ。


「案外、それなりに見えるもんだな。

 ――これからお前を、父上たちに紹介しなければならん。

 国王の前に出るんだ。それなりの服装は求められる」


「国王陛下?! 私、礼儀作法なんて全く知らないわよ?!」


 ミルスが苦笑してそれに応える。


「お前の事情は父上にも伝わっているはずだ。

 今夜はお前の不作法を咎める者など居ない。安心しろ」


 リオが不安げな面持ちで尋ねる。


「今夜は……ってことは、明日からは不作法を怒られるってこと?」


「おそらく明日から礼儀作法の教師が付く。

 学院から戻ってきて講義を受ける事になるだろうな。

 しばらくは大丈夫だろうが、大目に見てもらえる期間はそれほど長くはない」


「うぇ~……」


 憂鬱な顔でリオは項垂れた。


 平民として生まれ育ったリオに取っては、窮屈極まりない生活の始まりだ。


 望んで王族になった訳でもないのに、学校の勉強以外で覚えなければならない事が増えた。


 その上、礼儀作法だ。日々の振る舞いすべてに気を配らなければならなくなる。


「そんなに心配すんな。

 王宮で振る舞いに気を付けていればいいだけだ。

 学院やこの部屋に入ってる間は、咎める者などいない。

 ――さぁ、行こう。父上たちがお待ちだ」


 ミルスに同伴され、リオは歩き出した。


 淑女の衣装で同伴される――生まれて初めての経験だ。


 高いヒールによたよたとしていて、歩き辛さに四苦八苦していた。


 ミルスはそんなリオに苦笑を浮かべる。


「悪いな、俺も淑女を同伴するのには慣れてないんだ。

 もっと巧く導いてやれると良かったんだが」


「仕方ないわ。後はもう、なるようになるしかないもの」


 互いに不慣れな二人は、王宮のホールを目指して歩いて行った。

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