第8話
リオが慌てて振り返り、腰を落として両腕を構え、警戒姿勢を取った。
そんな彼女に、ミルスが耳打ちをする。
「国王の居る場で成竜の儀は行われない。
それが『慣例』だ。
襲われることはない」
それを聞いてリオは戸惑いながらも警戒姿勢を解き、エルミナに向き直った。
「……朝はご挨拶をどうも。
おかげで死にかけたわ」
エルミナは口角を上げて笑みを浮かべる。
「成竜の儀に割り込んでくる方が悪いのです。
『殺されても文句は言えない』、それがこの国のルールですからね」
「ミルスは襲われていた時、『反則だ』って叫んでたわ。
ルールを破ったのではないの?」
「中等部に所属する王族を襲わないのはただの『慣例』。
ルール違反ではありません。
それを反則だとのたまうなど、弱者の言いがかりでしかない」
リオの厳しい視線と、エルミナの蔑む視線が交差する。
「……『慣例』を破るのは、ルール違反にはならないのね?」
「その通りですよ。
ルール違反なら、創竜神から直ちに神罰が下されます。
今こうして私がここに立っているのが、問題ないことの証です」
リオは目をつぶり、深く深呼吸をした。
目を開けると、履き慣れない靴を脱ぎ捨て、再び目をつぶって祈りを捧げ始める。
怪訝な顔をするエルミナやヤンク、ミルスが見守る中、リオは創竜神に祈っていた。
――創竜神様、お願いします。
目の前の『いけ好かない男』の顔を、思いっきりぶん殴るだけの力をお与え下さい。
リオの全身がまばゆく輝き、瞼を開けたリオの金色の瞳が、エルミナを見据えた。
「まさか――」
エルミナが全てを言い終わる前に、一瞬で間を詰めたリオの拳が、エルミナの顔面に炸裂した。
****
リオに殴られたエルミナの身体は高く舞い上がり、ホールの壁に叩きつけられた。
壁はひび割れ、エルミナの身体が半ばまで埋まっている。
そのままエルミナは重力に引っ張られ、床まで落下していき、くずおれた。
リオはそれを見据え、一息ついてからつぶやく。
「……神罰は無いわね。
確かに、『慣例』を破るのは問題ないみたい」
呆気に取られていた周囲の中で、いち早くミルスが我に返り、リオに駆け寄った。
「リオ! お前何してるんだ!」
彼女は振り返り、きょとんとして応える。
「何って、見たらわかるでしょう?
成竜の儀を始めたのよ。
でもエルミナ王子はもう気絶してしまったみたい。
この場合はどうなるの?」
ヤンクが笑いながらそれに応える。
「ハハハ! 竜将の証を魂から奪わなければ、決着は付かん。
神が認めるまで、攻撃を続ける必要がある。
途中で両者が戦意を失った場合のみ、その戦いはそこで終了だ。
――お前はエルミナの命を奪うまでやるのか?」
リオは首を横に振った。
「私、借りっぱなしは性に合わないの。
今ので朝の借りは返したわ。
命まで取るつもりもない――つまり、これで終了ね」
ヤンクはニヤニヤと笑みを浮かべながらリオに応える。
「そう判断するのは早計と言うものだ」
ヤンクの言葉と同時にミルスが反応し、リオを抱えて横に大きく跳んだ。
先ほどまでリオの居た地点の絨毯が魔力の刃で激しく切り裂かれ、床が抉れた。
まるで竜の爪で切り裂かれたかのようだ。
「――いい気になるなよ小娘!
不意打ちとはやってくれますね!」
殺気だったエルミナが、ゆっくりとリオに歩み寄っていた。
激しく顔を殴られて腫れているが、あれほど激しく殴られた割にぴんぴんしている。
竜将候補の力を持つエルミナは、通常の人間より頑丈なのだ。
急いで体勢を整えたリオが、近づいてくるエルミナに向き合って応える。
「朝から弟に不意打ちを仕掛けるお兄さんのセリフとは思えないわね。
それに私は、目の前で準備をしてから殴りかかったわ。
あれを『不意打ち』と言われるのは心外ね」
「お黙りなさい!」
リオとエルミナが間合いを詰め、再びリオの拳がエルミナの顔面に襲い掛かる。
だが当たる直前に橙色の魔力障壁が、リオの拳を防いでいた。
驚いているリオの腹部に、蹴り上げたエルミナの足が降り上げられる。
つま先が腹部に突き刺さるのを、リオは間一髪で横に跳んでかわす。
体勢を立て直したリオの目の前には、エルミナと共に立つ栗色の髪の少女が居た。
その静かな瞳は金色に輝いている。
彼女はファラ、第二王子妃――つまり、エルミナの
「――そう、二対一って訳ね。上等じゃない」
遠くからヤンクが声を上げる。
「そのまま続ける気か?」
リオは視線をエルミナからそらさずに叫ぶ。
「当然でしょう?!
勝負から逃げるつもりはないわ!
それだけよ!」
叫びと同時に、リオは再びエルミナに向かって駆け出していた。
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