第2話

「エルミナ! てめぇ朝からなにしやがる!」


 緑の髪の青年が、教室の片隅で叫んでいた。


 それと対峙するように立つ、長い黒髪の青年が静かに応える。


「弱い者から蹴落とす。

 当たり前の戦略でしょう?

 竜の巫女を持たないお前から潰すのは、当然だと思いませんか?」


 青年――エルミナは傍らに立つ栗色の髪の女性の肩を抱きながら、冷たい微笑みを浮かべている。

 強い魔力がエルミナを中心に渦巻き、教室中を吹き荒れていた。


 生徒たちは被害を恐れ、教室の隅に避難している。


 緑の髪の青年が苛立たし気に叫ぶ。


「俺はまだ高等教育にもなってねぇんだぞ?!

 中等教室に殴りこむのは反則だろうがっ!」


「ですが、成竜の儀は十五歳から解禁です。

 ミルス、お前は既に十五の誕生日を迎えました。

 お前を襲ってもルール違反にはなりません」


 緑の髪の青年――ミルスは、悔しそうに歯噛みしている。


 対峙する二人の様子を、リオは教室の入り口から呆然と眺めていた。


 視線を二人から外さず、傍らに居るイグレシアスに尋ねる。


「……イグレシアス先生、これはいったい、なんなんですか?

 喧嘩にしては派手過ぎませんか?」


 隣に居るイグレシアスは楽しそうに笑っていた。


「ふふふ……これが成竜の儀よ。

 編入早々見られるだなんて、リオさんは運が良いわね」


 意味も分からず呆気に取られて眺めているリオの目の前で、エルミナが魔力を練り始めた。


「――さぁ、お前には早々に消えてもらうとしよう」


 エルミナが練り始めた魔力が濃度を増し、教室にさらなる暴風が吹き荒れた。


 鋭い殺気が、エルミナからミルスに向けられている。


 ミルスは奇襲で足に傷を受けたまま、教室の隅で動けないようだった。


 このまま次の攻撃が放たれれば、避けることはできないだろう。


 ――この人、本当に殺す気だ!


 直感がそう告げると同時に、リオの足が駆け出していた。


「死になさい!」


 エルミナは叫び声と共に魔力の槍をミルスに叩きつけた。


 鋭い槍が、ミルスの目前に迫る――間一髪、リオがミルスの腕を引き上げ、教室の隅から脱出させた。


 魔力の槍は教室の隅に突き刺さり、壁を崩壊させ大きく爆散していた。


 リオが助け出さねば、ミルスは命を落としていたと確信させる破壊力だ。


 リオはその様子を横目で確認し、ミルスを床に降ろしてエルミナに叫んだ。


「誰だか知らないけど!

 朝から生徒同士で殺し合いなんて何考えているの?!

 この学院の警備はどうなってるのよ?!」


 確実に命を取ったと思った一撃を邪魔されたエルミナが、眉をひそめてリオに応える。


「――成竜の儀の邪魔をしないでもらいたいですね。

 力の弱い弟をどうしようが、兄の勝手です」


 リオが驚愕しながら否定する。


「お兄さんが弟を殺そうとしていたの?!

 信じられない!

 兄弟は仲良くするものよ?!」


 忌々しそうに片眉を上げたエルミナが、リオをねめつけた。


「成竜の儀は第三者を殺しても咎めはありません。

 貴方も死になさい――」


「え……?」


 エルミナが再び魔力を練り、大きく鋭い槍を繰り出した。


 リオは完全に不意をつかれて反応することができなかった。


 まさか、自分に殺意が向けられるとは思っていなかったのだ。


 彼女の頭部を狙う魔力の槍が眼前まで迫った。


 その瞬間、足元から飛び出したミルスに押し倒される形でリオは間一髪、攻撃を避けていた。


「――馬鹿野郎!

 成竜の儀に飛び込むなんて、お前こそ何考えてやがる!」


「成竜の儀とか知らないわよ!

 でも目の前で殺される人間を放置なんてできる訳ないでしょう!」


 押し倒された格好でリオは反論した。


 エルミナが立て続けに魔力の槍を練り、二人に解き放つ。


「ミルス共々、死になさい!」


 最初の奇襲で足に傷を負い、咄嗟に動けないミルス。


 押し倒された格好で動けないリオ。


 二人に向かって巨大な魔力の槍が迫っていく。


 ミルスはそれでも必死でリオを庇おうと、胸に抱きこんで身を挺していた。


 ――あ、これは無理かな。


 死を覚悟したリオは目をつぶり、せめて苦痛なく死ねるよう神に祈る。


 ――創竜神様、私に安らかな加護をお与え下さい。


 その瞬間、リオの周囲を白く半透明な半球の壁が覆った。


 エルミナが放った魔力の槍が、その壁にさえぎられて砕け散る。


 エルミナが驚愕で顔を歪めて叫ぶ。


「その力、竜の巫女だと?!

 ミルス貴様、いつのまにつがいの巫女を得ていた?!」


 ミルスも、自分とリオの周囲を包む白い壁に驚いていた。


 周囲を見渡してから、祈りを捧げ続けるリオに視線を落とす。


「……これをやったのは、お前なのか?」


「――?」


 いつまでたっても痛みが襲ってくる様子がない事に疑問を抱き、リオがそっと目を開いた。


 その瞳は、金色に輝いていた。

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