第3話

 リオは自分とミルスの周囲を包む白い壁を見て、驚いて声を上げる。


「え? これ、魔力の防御障壁?

 ――なによ、こんなのを張れるなら最初から言ってよ!

 怖い思いをして、無理に助けなくて良かったんじゃない!」


 ミルスは首を横に振った。


「いや、これは俺じゃない。

 お前が張ったんだ。自覚がないのか?」


 ミルスの言葉に、リオは金色の瞳のまま、きょとんとして小首を傾げた。


「私は防御結界の魔導術式なんて使ってないわ。

 ただ死ぬ前に、神様にお祈りを捧げただけよ?」


「……お前、自分の目が今どうなってるのか、自覚はあるか?」


「目がどうしたっていうのよ。

 意味の分からない事を言ってないで、とりあえず早くどいてくれない?

 いつまで女子に覆い被さる気?」


 ミルスが身体をどけ、リオを助け起こす。


 二人が上体を起こしても、白い壁が消える気配はない。


 立ち上がる高さもないため、二人はそのまま防御障壁内で座り込んでエルミナを見ていた。


 エルミナは顔をしかめたまま、瞳を金色に輝かせるリオを凝視し叫んだ。


「それがお前のつがいの巫女ですか!

 ……今日の所は準備が足りません。

 いいでしょう、決着は次の機会にします」


 エルミナは身を翻し、栗色の髪の女性と共に教室を去っていった。



 リオはようやく身の危険が去ったことを認識し、大きくため息をついた。


「――はぁ。なんか知らないけど、助かったみたいね」


「……不本意だが、お前のおかげだ。

 それより、この魔力障壁を解除してくれ。

 このままじゃ立てない」


 リオが金色の目をしばたかせ、小首を傾げた。


「解除? そんなことを私に言われても、どうしたらいいのか分からないわよ」


 試しにリオが白い壁に触ってみても、がっしりとした感触に手が弾き返されるだけだった。


 ミルスがあきれた顔でリオに尋ねる。


「まさかお前、力の制御ができてないのか?」


「知らないわよそんなこと!

 ――ああもう! 成竜の儀だとかつがいの巫女だとか力の制御だとか!

、分からないことだらけじゃない!

 何が『ここに通えばすぐに理解できる』よ! 叔父様の嘘つき!」


 癇癪を起こしたリオの叫びと共に、白い壁が弾けるように砕けて消えていった。


 金色の瞳をしばたかせてその様子を眺めていたリオの瞳が、次第に元の赤い瞳に戻っていく。


「……なんだったのかしら」


 ミルスが小さく息をついて立ち上がった。


「さぁな……そら、立てるか?」


 ミルスが差し出した手を、リオはおずおずと取って顔を見上げた。


「あなた、足を怪我してるけど……大丈夫なの?」


「お前を支えるくらいは問題がない。そらよ――」


 ミルスに引き上げられるように立ち上がったリオの視界が、ぐらりと揺れて暗転した。


 ――あれ? 世界が回る?


 そのまま気を失ったリオを、ミルスが必死に抱き留めていた。


 二人分の体重が負傷した足にかかり、痛みでミルスの顔が歪んだ。


「さすがに女子でも、全体重はきついか。

 しかし、誰なんだこいつは」


 気絶したリオの顔を、ミルスは見つめてつぶいていた。





****


 中等教室棟から去るエルミナの背に、一人の青年が声をかける。


「お前が何故こんな所に居るのか、その説明をしてもらおうか」


 エルミナが胡乱うろんな目で青年に振り返り、言葉を返す。


「そういうヤンク兄上こそ、何故このような場所に?

 まさか、私を止めに来たのですか?

 だとしたら随分と遅いご到着だ。

――ですがご安心ください。

 ミルスなら、残念ながら邪魔が入って始末できませんでしたよ」


 青年――ヤンクが厳しい目つきでエルミナを見据える。


「成竜の儀は、慣例で中等部に手は出さない事になっている。

 知らぬお前ではあるまい」


 エルミナが肩をすくめて薄く笑った。


「慣例は慣例、正式なルールではありません。

 破ったところで罰則もありませんよ」


「……邪魔が入ったと言ったな。どういう意味だ?」


 エルミナがニヤリと笑いながら応える。


「ミルス本人から聞いたらどうですか?

 私には、あなたに教える義理はない。

 それでは――」


 エルミナはそう言うと、ヤンクを無視するかのようにその場を去っていった。


 ヤンクはエルミナの後姿を見送った後、自分もまたその場を後にした。

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