第17話

 日が昇り、うっすらと朝日が部屋に差し込んでいた。


 先に目を覚ましたリオが、時計に目を向ける――六時前だ。


 そっとミルスから距離を取ろうとして、両腕で抱き着かれている事に気が付き、つい頬が緩む。


「……いつのまに腕を回されていたのかしら。

 動けないほど痛めつけられていても、これだけの元気が残っていたのね」


 小声でつぶいた後、そっと腕を外し、ベッドから降りた。


 何故だかこの腕を外すのがとても名残惜しいと感じたが、その想いよりも羞恥が勝った。


 昨晩、この形だけの夫は、自分を妻として、女として見ていると告げた。


 そんな男にこうまで抱き着かれているのが、無性に照れ臭くて堪らなかったのだ。


 一人でそっと制服に着替え、再びベッドの傍らに立ち、神の癒しの加護を強く祈る。


 寝ているミルスの身体が白く輝き、その光は朝の冷たい空気の中に静かに溶けて消えた。


 再びベッドから離れ、一人でドレッサーの前に腰を下ろす。


 髪を静かに櫛梳くしけずり、姿を整え終わった自分の姿を見つめた。


 そこにはまだ十五歳の、一人の少女の姿が映っている。


 もうすぐ中等教育を終え、じきに高等教育がはじまる――そんな幼い少女の姿だ。


 一週間前から形だけは、一人の男の妻として在る、そんな少女の姿でもあった。


 この年齢で夫を迎える事になるとは夢にも思っていなかった。


 一か月前、愛する両親が自分の元から去ってしまった。


 そこに突如として夫ができて、心が慌ただしいまま、何も整理が付いていない。


 ひとつだけわかるのは、心にぽっかりと空いていた大きな穴が、いつのまにか埋まりつつある――そんな実感だけだった。


 鏡の中に居る自分に、小さな声で語りかける。


「ねぇ、あなたはまだ『リオ・マーベリック』なのかしら。

 ……それとももう、『リオ・ウェラウルム』なのかしら」


 鏡の中の自分に問われたが、その問いに応える事はまだ、自分にはできそうもなかった。


 宝石箱から母の形見のペンダントを取り出し、静かに胸に下げた。


 母はこのペンダントを、どのような気持ちで身に着けていたのだろうか。


 いつかはその気持ちを理解できる日が来るのだろうか。


「ねぇお母さん、私はミルスをどう思っているのかしら……。

 自分で自分がわからないの」


 形だけの夫なのだろうか。


 それとも正しく自分の夫として認めているのだろうか。


 一人の男として自分はミルスを見ているのだろうか――。


 ペンダントは何も応えてはくれない。


 だがその輝きが胸にあるだけで、愛しい父母がそばに居てくれるような気がした。


 もしかしたら母は同じように、この輝きを胸にしている間、父をそばに感じていたのかもしれない――そう思えた。


 ――まだ、自分には答えを出すことが出来ないのかな。


 小さくため息をついた後、再びペンダントを宝石箱の中に大切にしまい込んだ。


 静かに部屋の扉を開け、外に控えていた従者に声をかける。


 王族の部屋の外には、常に侍女と兵士が控えている。


 この生活にも、まだ慣れそうにはなかった。


「ミルスはまだ寝ているわ。

 彼の傷はもう癒したから、起きたらそう伝えて。

 ――もう人払いは解いて構わないわ」


 そう伝えた後、部屋の外へ足を向ける。


「リオ殿下、どちらへ行かれるのですか?」


 侍女に問われ、少し思案してから応える。


「……庭を散歩して来るわ。

 その後はサロンで朝食までの時間を潰します」


 侍女がうやうやしく頭を下げた。


 控えていた別の侍女と兵士が一人ずつ、そばに付き従った。


 部屋の外では、基本的に王族が一人になることはない。


 王族なのだから、身辺に人が居て当たり前なのだ。


 ――この生活にも、いつかは慣れるのかしら。


 リオは小さくため息をついたあと、侍女たちを伴い、静かに庭に向かって歩き出した。

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