ノッカらないで、お菓子屋さん
黒澤カヌレ
ノッカらないで、お菓子屋さん
俺はお菓子が大好きだ。
物心ついた頃からチョコレートなんかが大好きで、小学校に上がった頃には小遣いの百円玉を握りしめて近所のスーパーに一人で足を伸ばしていた。
お菓子っていう奴は、人を幸せにする。
もちろん、食べて味わうのが一番だ。でも、大手のお菓子会社の出す商品のパッケージっていうものは、どれもこれもセンスがいい。パッと見て好きになってしまうようなキャラクターたち、そしてカラフルな箱や袋のデザイン。そういうお菓子の並べられた空間に身を置いていると、それだけで幸せな気持ちになってくる。
だから、今日も会いに来てやったぜ。
俺は、みんなのことが大好きだ。『チョ○ボール』のキョ○ちゃん。『ベ○―スター』のホ○オくん。『きの○の山』や『たけ○この里』のタヌキとウサギとサル野郎。そして『チョコ○ーんぱん』のおじさん。
『不○家』のペ○ちゃんに至っては、もしかすると初恋だったかもしれない。彼氏がいると知った時には数日落ち込んでいたのも懐かしい思い出だ。
夕方六時、会社帰りに家の近くのスーパーに寄る。安くなった弁当を買うのが一番の目的だが、その前にまずお菓子のコーナーへ向かおうとする。
だが、その途中で足が止まった。
スーパーの入り口近くにある特設コーナー。ハロウィーンやクリスマスなんかにはファミリーパックのお菓子が特別バージョンで置かれているような場所だ。
「は?」とそこでつい声が出た。
ファミリーパックのお菓子の一つを持ち上げて、俺はまじまじと表面を見た。
なんなんだ、これは。
コーナーの中へと目をやると、他に陳列されている商品も、やはり『似たようなカラー』で統一されていた。
今は八月。ハロウィーンもクリスマスもバレンタインもなければ、受験シーズンでもない。時節イベントに合わせてお菓子会社が限定パッケージを作る時期じゃない。
「あの、すいません」
ちょうど、男の店員が脇を通りかかった。三十前後くらいの人の良さそうな男だった。
俺は手に取ったお菓子を示し、「これなんですけど」と声に出す。
「このパッケージは、なんのイベントなんですか?」
相手は最初、不思議そうに目を見開いていた。俺とお菓子のパッケージを交互に見比べた後、「ああ」と口を開く。
「これはですね、『
「セガキエ?」
「はい。仏教の行事というか、法会の一つらしくて、餓鬼地獄に落ちた人のために食べ物をお供えするなどして、死者を供養するというイベントがあるそうなんです」
「そう、なんですか」
だが、まだ話は繋がらない。
「今年から、me○jiさんの方ではその施餓鬼会も大々的に取り上げようと社内会議で決まったそうなんです。ほら、今頃の季節ってハロウィーンもクリスマスもないですし、なんというか、うまく『乗っかれるイベント』がないじゃないですか。だから、これからの日本では『施餓鬼会』も浸透させていって、お菓子の売り上げに利用したいって考えなんだそうです」
「えええ」と眉間に皺が寄る。
改めて、手にしたお菓子のパッケージを見る。
今まで見知っていたものよりも、名前が『一文字』増えていた。
『ガキの○の山』
赤黒いパッケージの表面には、タヌキやウサギやサルが描かれている。しかし腹部が異様に膨れ、手足が細くなっている。そいつらがキノコを手にし満面の笑顔を見せていた。
「まあ、ハロウィーンも数年前までは日本では無縁なものでしたからね。今後はどんどん、そういうイベントを取り入れていくそうなんです」
それだけ言うと、店員は仕事に戻っていった。
呆然と立ち尽くしたまま、俺は『ガキの○の山』のファミリーパックを見つめ続ける。
このタヌキたちは、現在餓鬼地獄に落ちているらしい。
「やべえな、me○ji」
これは、仕方ないことなのだろうか。
たしかに、日本のお菓子会社というのは『陰謀』を巡らせていると言われている。
己の商品の販売機会を増やすために、『バレンタインデー』をチョコレートの日にしたという前科がある。元来はなんの関係もなかったキリスト教徒のイベントの日に、チョコレートを贈るという文化を捏造した。
だから、そういうものなのかもしれない。
ハロウィーンだって、ここ数年になって急に日本に定着させられそうになっている。そのイベントに便乗し、お菓子会社は特別仕様のパッケージの商品をやたらと売る。
だから一つでも多く、そういう『乗っかれるもの』が欲しいのだろう。
でも、節度っていうものはある。
「施餓鬼会なんて、定着するわけねえだろ」
もう、大丈夫だろうか。
一ヶ月ほど待ってから、再びスーパーに足を伸ばした。『ガキの○の山』のダメージが大きすぎて、しばらくはお菓子コーナーを見に行く気になれなかった。
今度こそ、と店の中へと進んでいく。
だが、再び足を止めさせられた。
「うぐ」と咄嗟に声が出る。
カラーはいつも通りだ。森を思わせる、緑が基調のデザイン。六角柱の形の箱。
可愛らしい動物をイメージした、子供に大人気のお菓子だ。
「あの、これはなんなんですか?」
ちょうどまた、先日の店員が通りかかった。
「これですか? これは、
「なんと」と箱に目を落とす。
パッケージの表面には、黄色っぽい動物の姿が描かれていた。
『コア○のマーチ』という、大人から子供まで愛されるお菓子。チョコレートの美味しさに関してはパリの一流パティシエまで認めたとされる逸品。
だが、今は箱のコアラの顔が変化していた。
おそらく天帝だか猿田彦だかを模したらしい、人の顔に変わっている。体だけがコアラのままで、首から上だけが神と思われる人間の顔になっている。
人面コアラ。
「これ、売れてるんですか?」
「まあ、そこそこは」
それだけ言うと、店員はまた去っていった。
「マジかよ、ロッ○」
その後も、お菓子会社の暴走は止まらなかった。
もう、チョコレートを見るのは嫌になっていた。スナックの方に行こうと足を進める。
「あぐ」とその先で俺は呻いた。
また、店員が近くで作業をしている。
「それですか? ちょうど、『八つ墓村』の映画公開記念日があったらしくて、それとコラボするイベントをやったそうです」
『ベ○ースターラーメン』の表面には、白い衣を着た少年が描かれていた。マスコットキャラクターのホ○オくんは星のマークのニット帽を脱ぎ捨てて、頭に二本のロウソクを立てていた。
『お
印刷された文字を見て、俺は大きく顔をしかめた。
「ちくしょう、おや○カンパニー」
次に行った時には
仏教で釈迦が入滅したとされるもので、その日に合わせて法会が行われているという。
「『チョコ○―んぱん』のおじさんが!」
箱を手に、俺は悲しみの声を洩らす。
コック帽を被っていたおじさんは、現在は法衣を着せられている。そして安らかに両目を閉じていた。
「てめえもか、ブ○ボン」
そこまで、お菓子会社は追い詰められているのか。
どんなマイナーなイベントでも引っ張り出さねばならないほど、売り上げが落ちているのだろうか。俺は十分、今までも貢献してきたはずだったのだが。
「『グリ○森○事件』が、ちょうど今頃起こったらしいですね。それに合わせて、二社が結託してイベントを始めたらしいんです」
店員は今日も親切だった。
「ほら、海外で『ガイ・フォークスデー』ってのがあるでしょう。爆弾魔を記念日にしたもの。それと同じに、犯罪の関連でもイベントになるだろうって考えがあるらしいです」
特設コーナーには、グリ○の『ポッ○ー』や、森○の『チョ○ボール』が売られている。
「今回は中身の味も変わってて、箱の中に一粒とか一本だけ『ソーダ味』のが混入されているらしいんですよ」
説明を聞き、全身から力が抜けた。
『チョ○ボール』の箱を取り上げる。マスコットキャラのキョ○ちゃんは、現在顔が描き換えられて、『キツネのような目』にされていた。
もう、キョロっとしてねえよ。
「正気かよ、グリ○も! 森○も!」
もう、スーパーに行く勇気がない。
不○家は大丈夫だろうか。ペ○ちゃんまでおかしな状態になったら、さすがに俺の精神は堪えられない。ただでさえペ○ちゃんは、『母親の肉を食った』とかの都市伝説まで用意されている。『ミ○キーはママの味』とは、まさにそのままの意味なのだと。
逃げよう、と俺は思った。
しばらくは都会を離れ、穏やかな田舎の暮らしを満喫したい。
ばあちゃんに会おう。そう思い、駅へと向かった。
「俺は、異界に迷い込んでるんじゃないか」
人のいない駅に佇み、俺はつい呟いてしまう。知らない内に降りる駅を間違えて、『きさらぎ駅』にでも来てしまったのではないか。
なんにせよ、今はしばらく療養しよう。
懐かしい、ばあちゃんの駄菓子屋。
あそこで食べた『よっ○ゃんイカ』の味。今でも懐かしく覚えている。
「ああ、よく来たね」
ばあちゃんは今も元気だった。八十を過ぎたが駄菓子屋もしっかり続けられている。
楽しかったな。子供の頃、ここで店の隅に座り込んで一人で駄菓子を食べていた。もしかするとあれが、俺のお菓子好きの原点だったかもしれない。
昼からずっと電車を乗り継いでやってきたので、体がだいぶ疲れている。
現在時刻は午後の四時。山の輪郭がわずかに赤黒く染まり、少しずつ周囲は薄闇に包まれようとしていた。
そんな時刻でも、ばあちゃんの駄菓子屋には子供たちが三人も客としてやってきていた。小学校の高学年くらいで、真剣な様子で駄菓子を吟味しているところだった。
「とりあえず、俺も一個もらおうかな」
喉が渇いている。でも先に、駄菓子を見て安心したかった。
子供たちの邪魔にならないよう、俺はそっと横目で棚の中を見る。昔から置き場所は変わっていない。探すまでもなく目当ての商品の場所はわかる。
そうして、置き場に手を伸ばそうとした時だった。
「な」と両目を見開かされる。
パッケージの色が違う。
俺の思い出の『よっ○ゃんイカ』は、真っ白なキャラクターがマスコットになっていた。
だが、今はその様相が変化している。
真っ白だった衣服も、イカの形をした帽子も、なぜか毒々しい緑色に変化している。そして両目は赤く濁った色に変わっていた。
「ばあちゃん、これは?」
指先が震えて止まらなかった。
「それ? なんでも最近、メーカーさんの方で『あるお祭り』に合わせて造り直したらしいの。なんか、『外の方の神様』のイベントらしいんだけど」
よくわからないという風に、ばあちゃんは首をかしげる。
「おばちゃん、これちょうだい!」
俺が葛藤していると、子供たちが棚に手を伸ばした。三人ともが緑色の『よっ○ゃんイカ』を手に取り、ばあちゃんに小銭を渡していた。
「なんでもね、今はそのお祭りに乗っかる形で、食べ方にも『作法』があるんだって。子供たちの間でも流行ってるらしくて、いつもそこで『呪文』を口にしながら食べるのよ」
ゾワリと、背筋に寒気が走った。
子供たちは笑みを浮かべ、商品の袋を開封する。酢漬けのイカの香りが鼻をついた。
「ふんぐるいー、ふんぐるいー」
「むぐるうなふ、くとぅるう」
「るるいえ、うがふなぐる、ふたぐん!」
謎の呪文を口にしながら、子供たちはイカを食べる。ばあちゃんもそれを見つめ、ニコニコと目尻に皺を寄せていた。
「うあ」と俺は一歩よろめき、後ろの棚にぶつかる。
ポトリと、『キャベ○太郎』の袋が落ちてきた。
また、パッケージに変化が起きている。あのマスコットのカエルの姿が、名状しがたき両生類的な何かに変わっていた。
もう、ダメかもしれない。
日本のお菓子会社って奴は、行くところまで行ってしまった。乗っかれるイベントを探し続け、ついには邪神まで崇め始めた。
手の中のパッケージを見る。思い出の品物は、今は毒々しい邪悪なものと化していた。
気づいた時には、「うあああ」と声が出ていた。
「よっ○ゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」
(了)
ノッカらないで、お菓子屋さん 黒澤カヌレ @kurocannele
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