六 百足の里に信はあるか
百足にも百足の事情があるらしい。
静かだが厳しく叱る兄と、苦しげに狼狽える弟。力関係は明白であり、敵対した相手でありながら見ていて同情する程だった。
「よいか。蛇の里では同じ過ちを繰り返すな。お前に任せる判断が間違いだったと思わせないでくれ」
「わ、分かった。決して蛇には無礼を働かない!」
「口だけでなければ良いのだがな」
「誓う! 誓うとも!」
弟百足、深留は地面で伸びていた配下達を叩き起こし、引き連れて蛇の領域へと改めて向かう。あの様子では蛇相手に問題を起こす心配は要らない、と思いたい。少々不安は残る。
それを見送ると、兄の百足は丁寧に頭を下げた。
「お待たせしました。
好感の持てる態度。固く真面目そうな印象。油断無い立ち振舞い。相手に回すと厄介そうだが、今のやりとりを見ると信頼は置けるだろう。
信太郎も礼をもって返す。
「こちらこそ無礼な来訪にもかかわらず対応して頂き感謝します」
「どうかお気になさらず。争いを平穏に解決したいのならば、私としても思いは同じです」
「感謝します。早速ですが長への紹介を願えますか」
順調に進むかと期待したが、しかし楼奥は顔を曇らせた。
「申し訳ありません。深留にああ言った手前恥ずかしいのですが、どうにも父も好戦的でして……冷静な話し合いは難しいかと」
「分かりました。それでは、あなたとならば話し合いは出来ますか?」
「はい。私に出来る事ならば御協力します。ここはひとまず私の住み処へご案内しましょう」
穏やかに笑み、案内を請け負う楼奥。早めの歩調で先導し山道を行く。後ろ姿からでも姿勢は確かで、隙が無い。
その後についていきながら、信太郎は小声で問いかけた。
「永。嫌な気配は感じぬか?」
この百足が荒神の正体ではないか。
念の為警戒は消さない。妖怪である以上、化かし合いは常だ。
信頼したい相手でも、疑心はある。
物悲しさを感じつつ、必要だと割り切って探る。
「ふむ。断言は出来んの。多少鼻につくが移り香かもしれん」
「下手人ではなくとも、関わりがあると?」
「さて、の。上手く隠しておるのやもしれん」
「分かった。それも踏まえて考える」
信太郎は歩きつつ、思考を重ねる。疑う後ろめたさに正面から目を向けて。
山道は木々の鮮やかさとは対照的に、黒々と冷えた空気が漂っていた。
青が薄まりゆく空に紅葉が輝く。来た道を振り返れば眼下には絶景が見下ろせる。百足の里には夕刻近い頃に着いた。
山中の町だというのに、人も建物も多い。賑わいと立派な造りは豊かさの証明だ。
鉱山の町として切り開かれ、発展してきた歴史があるらしい。
そして町のあちらこちらには百足の絵や像。住民に篤く奉られている。
百足はその姿から穴を掘る鉱山と結び付き、鉱山における信仰対象となった。他にも毘沙門天の使いや、商売繁盛など、信仰にまつわる話は幾つもある。蛇の町と同様の背景があると見ていいだろう。
楼奥の住み処は、その外れ。里と山の境界のような位置にあった。
「百足の一族とは離れて暮らしているのですか」
「父を始め皆気性が荒くて話が合わないのですよ。それより私は人間との交流を望みます」
「百足より人間、ですか。失礼ですが、恐れられませぬか」
「皆受け入れてくれています。力を頼られる生活は良いものですよ」
今までに会った傲慢な蛇や百足とは異なる、優しげな言葉。
それを証明するような笑顔があった。
彼の姿を見かけて挨拶してくる町人が幾人もおり、近寄ってきて悩みを相談してくる人もいた。信仰とはまた違った形で慕われている。
これは完全に疑念を捨て去り、信用してもいいだろうか。だとしたら貴重な存在である。
有り難さを胸に、丁寧な謝罪。
「無礼な質問、失礼致しました。それからこれまで信頼出来ていなかった事をお詫びします」
「ふ。馬鹿正直な方ですね。私は構いませんよ。どうぞ中へ」
住み処の内装は外観と同様、平凡なものだった。一般的な住居より少しは広いが、屋敷という程でもない。家具も並のものが揃う。落ち着いた雰囲気。
これはそのまま楼奥の気質を表しているのだろう。信用を深める要因ともなる。
腰を下ろした一行は単刀直入、本題に入った。
「
手短に経緯の確認。
話が早いのは非常に助かる。信太郎に問い詰めるつもりはなかったが、蛇の意図はそうだったろう。
「はい。その通りです。蛇の死が発覚したのは昨夜ですが、そちらは何時の事でしたか」
「こちらは今朝がたです」
「では蛇、百足の順番に……下手人は複数の可能性もありますが」
「そうなってくると単なる対立ではありませんね。目的は、やはり」
「蛇と百足の間に戦を引き起こす事でしょうか」
争いが激化すれば、行き着く先は暴力しかない。
後は最悪の想像。
妖怪も人も死に絶えた、滅びの土地になる事も有り得る。
「この一件、危険性はお分かりですね」
「はい。全面戦争は絶対に避けねばなりません」
固く、真剣に頷く。隣で永は強気に微笑む。
緊張感はあれど、必要以上に重くはしない。
淡々と話を進めていく。
「私共は下手人の気配を追ってきたのです。その気配も薄れてしまいましたが」
「つまりは蛇の里と我らが里までの途中、山の何処かに隠れていると?」
「そう考えるのが自然でしょう」
「では早速捜索に、と言いたいところですが、気配だけでは決め手に欠けますね。正体に心当たりはありますか」
「一人、気になる人物はいます」
信太郎は目付きを細め、自分でも整理しつつ話す。
太紋。病で妻を亡くした、蛇と百足を恨む行方不明の人物だと説明する。そして恨みの心当たりを尋ねた。
楼奥は考え込む素振りをし、それから慎重に言葉を選ぶように言った。
「残念ですが、恨みを買う心当たりはありませんね。ちなみに、妻を亡くし恨み言を言い始めたという時期は分かりますか」
「十日前だと聞いています」
「……やはり特段事件があったという覚えはありませんが……」
無念そうに首を横に振る。
心当たりがないのならば、両方への恨みは少々強引な理由になるだろうか。
「太紋殿は妻に関して蛇に助力を求めるも断られ、百足を頼ろうとしたのかもしれませぬ。それを蛇が嫌い、強引に止めた場合も考えられます」
「……ならば、悲しい話です」
顔色が暗く落ち込む楼奥。
対立が生んだ悲劇、避けられた死を、心から悔いている様子だ。
あくまで推測の域を出ない可能性だが、信太郎は彼の有り様に敬意を払う。
しかし時間は有限。あまり問題の放置は出来ない。
しばしの後に空気を切り替え、次の問題を提示してきた。
「ところで、
「蛇の長からは何も。それこそ、存在すら隠されていました。あなたの口から聞かせて頂いても?」
「分かりました」
承知し、居住いを正す。それから穏やかに語り始めた。
「十は、私と同じく敵対より友好を望む娘でした。蛇と百足という間柄でありながら、唯一通じ合える相手だったと思います」
楼奥の顔は友人を語る時のようなそれ。温かな心地よさすら漂わせていて、真に理解者だったのだと分かる。
信太郎も共感する。
「私が会った蛇と百足は、あなた以外気性が荒い方や話の通じない方ばかりでした」
「はい。それ故に心配なのです。排斥されてはいないかと」
「残念ながら、可能性はあるでしょうね。蛇の長が気にしていたのは末っ子の死のみでしたから」
あの不自然な態度を、改めて考える。
十の排除が、今回の事件の前からだとしたら、理由は何なのか。今回の事件と関係はあるのか。妙に気にかかる。
蛇。その禁忌、誇り。
なにか参考にならないかと、有名な伝承を辿る。
蛇は、水を司る神ともなり、竜にも近い。人と関わる話も多い。敵対的、友好的、どちらでもある。退治される蛇もいれば、人に化けて嫁入りする蛇もいる。種類が多いのは、それだけ長い歴史があるという事だ。
「もしや……」
と、浮かんだ伝承の中から、糸口になり得るものを思い付いた信太郎。
閃きを逃さぬよう、深く、広く、集中して思考を巡らせていく。あらゆる可能性を一つの真実にまで絞っていく。
だが。
解決を邪魔するように、強い地響き。建物ごと大きく揺さぶられる。警戒し、一同は素早く住み処を出た。
その瞬間。地鳴りが止まぬまま、更に恐ろしい声が届く。
「匂う。蛇の匂いがするぞ。憎き血の匂いは、我が地には不要」
見上げた先には、天をつく程の大百足。
暗褐色の甲殻が鈍い光沢を放つ。無数の足が獲物を求めるかのように蠢く。牙は死の気配を纏う。眼力は異様な圧を伴っていた。
好戦的な長だと、そしてその敵意が自分達に向けられていると、すぐに信太郎は理解した。
次の更新予定
2025年1月11日 15:30
人でなし夫婦道中記 右中桂示 @miginaka
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