放課後ダンジョン! ~魔界プリンス拾いました~

東紀まゆか

第1話 雨の日に、王子さまを拾う

 私、山野辺響の中学生活は、全然、楽しくなかった。

 通っている聖陽学院は、小学校の時の友達は「海が見える丘にある、可愛い制服の学校」と言って、うらやましがるけど。

 二年間も塾に通いつめて、中学受験に合格して、いざ入学したら。

 私はいきなり、落ちこぼれてしまった。

 今日もそのせいで、放課後、担任の丸山先生に呼び出されている。


「山野辺さん。中間試験の成績、二百人のうち、百九十六位ですよ」

「あ、ビリじゃないんですね、よかった」


 私がホッとして言うと、先生は、目を三角形にして起こった。


「よくありません。まだ一学期だからいいけれど、この先、取り返せるの?」


 取り返せるの? なんて私に言われても、わからないよ。


「それに山野辺さん、クラブ活動にも入っていないでしょう。いろいろと事情があるのはわかるけど、この学校に、なじめているのかしら?」


 こういう時、私は、大人はひどいなぁ、と思う。

 なじめていない人間に、「なじめているのか」と聞くなんて。


 長いお説教のあと、職員室から解放されて廊下を歩いていると、来客者ロビーに置かれているマリア像が見えた。

 成績が上がりますように、とお祈りしようかと思ったが、やめた。

 ちゃんと勉強していない子から、そんなお願いをされても、マリア様も困っちゃうだろう。

 お父さんとお母さんが、あんなに私を入れたがった、この学校を、嫌いになりつつある私。

 親不孝者は、マリア様に怒られるだろうか。


 昇降口に降りると、外は、どしゃ降りの雨だった。

 ゆううつさが、さらに増しちゃうよ。

 カバンの中から折りたたみの傘を出すと、私は小高い丘の上にある学校から、駅への道を下って行った。


 先生に呼びつけられて、中途半端な時間まで残ったからか、それとも激しい雨のせいか、いつもならブレザー姿の生徒がたくさんいる通学路には、誰もいない。


 ローファーに水滴がかかるのを気にしながら歩いていた私は、見つけてしまった。

 アスファルトをたたく雨の中、誰かが、道ばたに倒れているのを。


 心臓がドクンと音を立てる。

 うつ伏せに倒れている人は、男なのか、短めの髪が見える。

 あたりを見回すが、誰もいない。

 私が、なんとかしなきゃいけないんだ。


 救急車を呼ぶために、カバンの中のスマホを取り出そうとして、私は気づいた。

 あれって本物の人間なの? 

 マネキンか、なにかじゃないの?

 おそるおそる近づいて見る。私より少し年上の子……いや、もしかしたら同い年くらいかも知れない。男の子だから、体が大きいのかも。


「あの……。大丈夫ですか」


 呼びかけると、倒れている子は、顔を上げて私を見た。

 私は思わず息を飲んだ。お人形さんみたいな、ととのった、きれいな顔……。

 その男の子は、私に向かって、ゆっくりと右手を伸ばしてきた。

 思わず私も右手を伸ばしたら、ガシッ、とつかまれた。


「ひゃっ!」


 ビックリして、思わず逃げようとしたが、男の子の力は強く、私は動けなかった。

 左手から傘とカバンが落ち、雨が私の顔を打つ。

 次の瞬間。

 男の子が、私の右腕を握る手に力を込めたかと思うと。

 私はスウッと、暗闇の中に落ちる様に、意識を失っていた。


 真っ白な部屋に、たくさんの花が、積み重なる様に置いてある。

 それを見ても私は、きれいだなんて思えなかった。

 真ん中に、お父さんとお母さんの遺影があるから。

 着なれない礼服姿で遺影を見つめている私を、後ろから二つ年上の従姉、恵ちゃんが抱きしめる。


「響ちゃん! 今日から私が、響ちゃんの家族だよ!」


 そう言う恵ちゃんの方が泣いていた。

 お父さんとお母さんが死んだから、今日から私は、恵ちゃんの家……叔父さんと叔母さんの家にお世話になるんだ。


 あ、これ夢だ。今、起こっている事じゃない、と私は思った。

 お父さんとお母さんが事故で死んだ、二年前の記憶だ。

 亡くなった二人の願いをかなえるために、この後、私はムキになって勉強して、名門校の聖陽学院を受験して、入学して、そして落ちこぼれるんだ。


 そう、これは二年前から繰り返し見る、あの日の夢。

 他の人はどうだか知らないが、私は「これは夢だ」と気づくと、目が覚める。

 そして目をさました私は、知らない天井を見た。


「やあ、眠り姫がお目覚めね」


 突然聞こえた声に、ビクッとする。

 そんな私に、美しい声の主は、優しく言った。


「こわがらなくていいわ。体が冷えたみたいだから、少し休んで」


 私は立派な部屋に置かれた、豪華なベッドに寝かされていた。

 かたわらのイスに、キレイな女の人が座っている。

 ソバージュって言うのかな。毛先まで細かいウェーブをかけた髪を、肩先まで伸ばしたその人は、モデルさんみたいな美人だった。

 その素敵なお姉さんは、ニッコリ微笑むと、涼風の様な声で言った。


「私の名はライム。覚えやすいでしょ?」


 状況が似見込めない私は、おそるおそるたずねた。


「が、外国の方、ですか?」

「そんなものかな。あなたは、私たちの大事な人を助けてくれた。どうもありがとう」


 そこで私は、道ばたに倒れていた男の子の事を思い出した。


「あの男の子は、無事なんですか?」

「ええ、大丈夫よ。あなたのおかげで助かったわ」

「でも私、何もしていない」


 ライムさんは、見とれそうな笑顔で言葉を続ける。


「そんな事はないわ。あなたには迷惑をかけたわね。今、濡れた制服を乾かしているの。しばらく休んでいて」


 そこまで聞いて、私は自分が、ゆったりした、高そうな寝巻きに着替えさせられてる事に気づいた。なんだか、お金持ちのお嬢さまみたいだ。


「着替えさせたのは私だから、安心してね。あとカバンはそこにあるから」


 ベッドのすぐ横に小さなテーブルがあり、カバンが置かれていた。


「ありがとうございます。あの、家に連絡しないと」

「そうね、おうちの方が心配するわね。あなた、電話番号は……」


 その時。部屋のドアが勢いよく開いて、男の子が駆け込んできた。


「ライム、大変や!」


 大きな声にびっくりした私は、その子を見て、さらに驚いた。

 金髪で青い目をしたその子は、私と同い年くらいだったが、テレビとかで、職人さんがよく着る和服……修行僧の作業着の様な……そう、作務衣を着ていた。


 それよりも驚いたのは、その子の両耳が、とがっていた事だ。

 映画や漫画に出て来る、エルフの様だった。

 なんでエルフが……いや、エルフみたいな外国人の男の子が、和服を着ているんだろう。

 いぶかしがる私の前で、ライムさんが男の子に、あきれた様に言う。


「エルくん、お行儀が悪いですよ。レディの部屋に入る時は、ノックをして下さい」

「それどころやない。ダンジョンの連中が、暴れ出したんや」


 エルくんの言葉を聞いて、ライムさんの顔色が変わった。


「少し用事が出来ました。すぐ戻ってきますから、待っていてね」


 私にそう言うと、ライムさんは、エルくんと一緒に、部屋を出ていった。

 残された私は、今、何時なのかが気になった。あまり遅くなると、叔母さんや恵ちゃんに心配をかけちゃう。

 ベッドから体を乗り出して、カバンからスマホを取り出した私は、画面を見てギョッとした。もう夜の六時半を過ぎている。


 今いるこの部屋が、どこなのかはわからないけれど、学校の近くだとしたら、家まで一時間はかかる。

 いつもなら六時には帰っているので、叔母さんは心配するだろう。


 電話しようとした私は、スマホの電波が、圏外な事に気づいた。

 どういう事? それだと、この家の人はスマホ使えなくない?


 私はベッドから出た。靴下も脱がされていて、スリッパらしき物も見当たらないので、足がひんやりと冷たい。

 とりあえず窓の近くに行けば、スマホの電波が強くなるかな。

 そう思い、大きな窓の近くまで行って、重そうなカーテンを、よっこいしょと開けた私は。


 見てしまった。

 窓の外に、トラックのタイヤくらいの大きな目が、ギョロリと光るのを。


 最初は、図鑑でよく見る恐竜が、そこにいるのかと思った。

 ぬらぬらひかる皮。背中にはえたブ厚いヒレ。キバが生えそろった、大きな口。

 アニメに出てくる様な、大きなドラゴンが、窓のすぐ外にいたんだ。


「わ、わ、わ」


 私は声にならない声をあげて、後ろに後ずさり、ぺたん、と床に座りこむ。

 外にいるドラゴンは、窓ごしに私をチラッと見て、大きなあくびをした。

 吐き出された息で、窓ガラスがビリビリと揺れる。


 なんで、こんなところにドラゴンがいるの? まさか私は、剣と魔法の異世界にでも、迷い込んだっていうの?


 頭の中がグチャグチャになりながらも、私は思った。とにかく、ここから逃げるしかない!

 幸いにして、ドラゴンは部屋の中にいる私には、興味がないようだ。

 なんとか立ち上がり、カバンをつかむと、私はハダシのままドアに向かった。






――あとがき――

新連載です!読んでいただきありがとうございます。

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