第15話 最終回!みんな集合!!

 ハッ、と気づくと、私は現実の教室に戻っていた。


 意識の無い坂切さんと、イリヤくんと手をつないでいる私を、ライムさん、エルくん、そして西園寺さんが心配そうに見ている。

 私の右手を握っている、イリヤくんの手に力がこもった。


「お前が、この子の心を取り戻したおかげで、マンティスの力が弱り、やつをバーナッチャに送り返せた。今頃は、あちらの牢獄につながれているはずだぜ」

「じゃぁ、坂切さんも……」

「無事だ。もうすぐ目を覚ます」


 その言葉通り。私が握っている坂切さんの右手に、力がこもった。


「う、う~ん」


 目を覚ますと、坂切さんはキョトンとして言った。


「あれ? 山野辺さん? 西園寺さん? 授業はどうしたの?」


 その日の放課後、私と西園寺さん、そして坂切さんは、イリヤくんのダンジョンにいた。

 エルくんが文句を言いながら魔法を使いまくり、戦いで壊れた物を直し、マンティスやケルベロスに関する記憶を、学校の皆から消した。


 だがイリヤくんたちは、西園寺さんと坂切さんの記憶は消さなかった。

 いつもの議会の間には、私も含めた聖陽学院の女生徒三人、それにイリヤくん、ライムさん、エルくん、そして男の子の姿のベロちゃんがいる。


 イリヤくんの説明によると、マンティスをバーナッチャに送り返したものの、私たちの学院の周囲には、まだ数匹のフェアリー・モンスターが潜んでいるのだという。

 そして坂切さんはマンティスと、西園寺さんはベロちゃんと接した事で、モンスターの「気配」が、魂にしみついてしまった。そう、イリヤくんと生命のやり取りをした私の様に。


 二人は今後、その「気配」を狙うフェアリー・モンスターに、襲われる可能性があるのだという。


「だから君たちの記憶は消さなかった。私たちのそばにいて、なにかあったら連絡して欲しい。仲間がすぐに駆けつける」


 そういうイリヤくんに向かい、西園寺さんが、おずおずとたずねる。


「あの、ベロちゃんは、どうなりますの?」

「彼にかけられていた魔法はといた。もう凶暴化はしない。だが君と一緒には、暮らさない方がいいだろう。君だって、いつまでも彼の正体を、家族に隠せないだろう」

「そ、そうですわね」


 落ち込む西園寺さんに向かい、イリヤは優しく言った。


「ケルベロスには、このダンジョンに住んでもらう。放課後や休日に、君も遊びに来るといい」

「じゃぁ、いつでもベロちゃんと会えるんですの?」

「ねぇちゃん!」


 西園寺さんと、ベロちゃんが抱き合って喜ぶのを見て、ホッとする私に、坂切さんが耳打ちしてくる。


「いやー。私はよく覚えてないんだけど、なんか大変な事になっちゃったねぇ」


 うなずきながら、私は思った。

 私を含めたクラスメイトの皆が、坂切さんに頼り過ぎたから、彼女のネガティブ感情を増やしちゃったんだ。

 これからは、坂切さんに甘えないで、自分の力で頑張らないと。


「あ、そうですわ。ベロちゃんに会いに、ここに来た時に、勉強するお部屋を貸していただけますか?」


 そのお願いにライムさんがOKサインを出すと、西園寺さんは私に言った。


「山野辺さん、あなた中間試験で一九八位だったんですって? 私がここで、勉強を見てあげます」

「えぇっ、そんなの、しなくていいよぉ」

「よくありません。あなたが成績不振で退学する様な事になったら、クラスメイトとして、ご両親に申し訳が立ちませんわ!」

「いいじゃない、見てもらいなよ。私も一緒に勉強しようかな」


 坂切さんにまでそう言われて困る私を、イリヤくんが笑いながら見ていた。


 イリヤくんがマンティスを故郷に送り返して、学院に平和がもどった。

 そんな中、私に言ったとおり、西園寺さんはホームルームで、今まで「外勢」の生徒をバカにしてきた事を謝った。


 私は「無理しない方がいいよ」と言ったし、クラスのみんなに「何を今さら」みたいに思われるんじゃないかと、心配だったけれど。

 西園寺さんが謝ると、一番後ろの席の、普段あまりしゃべらない柔道部の山下くんが、感心した様に「普通、先にやった人がいたとか、他にもやった人がいるとか、他人のせいにするのに、西園寺は堂々と謝った。立派だ」と言った。

 それに合わせて、クラス中からパチパチパチと拍手が起こり、いい雰囲気になったんだ。

 あの拍手は西園寺さんに向けてというより「山下くんの声、初めて聞いた」という感じで起こった気がするけれど。まあ丸く収まったのならよしだ。


 その後の西園寺さんは、相変わらず取り巻きの子たちとおしゃべりしていて、私とは友達という感じではないけど、毎日、帰る時に「はい」と私に宿題を渡す。

 休み時間に、その日の授業の内容から、私向けの問題を作ってくれるんだ。


 「復習になっていいですわ」と言うが、授業についていけない私にとっては、ポイントをしぼってある西園寺さんの宿題は、本当にありがたい。

 私は家に帰って、頑張ってそれをとき、翌朝、西園寺さんに提出していた。

 そして週に一、二回、イリヤくんのダンジョンで、西園寺さんの家庭教師をみっちり受ける。

 毎日の宿題から、私が、どこが苦手なのかリサーチして、西園寺さんは、わかりやすく教えてくれる。

 しかもケルベロスのベロちゃんと遊びながら、私に勉強を教えてくれるんだから、彼女は本当に優秀なんだな、と思う。


 そんな私と西園寺さんを、ダンジョンに遊びに来た坂切さんが、ニコニコしながら見ている。

 そうそう、私は坂切さんに誘われて、ボランティア活動を始めたんだ。

 通学路の掃除をしたり、近くの小学校や幼稚園の子供と遊んだり、老人ホームをたずねたりするんだよ。

 勉強もスポーツも苦手な私にはちょうどいいし、なにより、いろいろな人に出会えるのが楽しかった。活動を通じて、坂切さん以外の友達もできたしね。


 西園寺さんのおかげで、勉強が少しずつ得意になった。

 坂切さんのおかげで、少しずつ友達が増えた。

 そして家では、こんな事があった。


 ある夜、叔父さんと叔母さんが、私をリビングに呼んだ。

 二人は私と向かい合ってソファに座り、私の横には恵ちゃんが座った。

 そして叔父さんが言ったんだ。


「響ちゃん。今の学校が辛いのなら、転校してもいいんだよ」


 入学して落ちこぼれて、さらに上ばきを盗まれた頃、私の様子がおかしかったのを、三人は気づいて、心配してくれていたんだ。

 叔母さんも、続けて言った。


「亡くなったご両親が、今の学校に入れたがっていたけど……。響ちゃんが辛かったら、やめてもいいのよ。小学校の時のお友達がいる、近所の中学校に移る?」


 隣の恵ちゃんも、黙って手を握ってくれた。

 私は胸が熱くなった。

 やっぱりこの三人は、私の本当の家族だ。ここまで私を心配してくれるんだもの。


 でもその時、私の心には、坂切さんや西園寺さん。そして他のお友達の姿が浮かんで、私は学校をやめたくないな、って思ったんだ。

 私は叔父さんたちに、正直に話した。

 入学して、落ちこぼれた事。

 学校が嫌いで、やめたいと思っていた時があった事。

 でも友達を作って、勉強を頑張って、今では学校を好きな事。


「私は、今の学校と、お友達が大好き」


 そう言うと、恵ちゃんが私に抱きついて、叔父さんと叔母さんは喜んでくれた。

 そんな風に、私が学校生活を好きになった初夏。

 ものすごい驚きが、やってきたんだ。


「今日は皆さんに、新しいお友達を紹介します」


 丸山先生の声に、クラスはざわめいた。

 私立であるこの聖陽学院には、基本的に転校生が来る事はないからだ。


「海外の姉妹校から、日本の文化を学ぶために、留学生を受け入れる事になりました。紹介します」


 先生の言葉に、ドアを開けて入ってきたのは……。

「イリヤくん!?」


 思わず声を上げた私に、クラス中の視線が集中する。

 それに気づいて顔を真っ赤にする私に、少し離れた席の西園寺さんが「バカね」と声を出さずに、口の動きで伝えた。


「あら? 山野辺さん、彼と知り合いなの?」


 学園マンガでありがちな問いかけを、丸山先生にされて、目を白黒させる私を、坂切さんがフォローする。


「先生、私と山野辺さんは、前にボランティア活動で、イリヤくんと知り合ったんです」


 ありがとう、坂切さん。


 何とビックリ、私たちのクラスにイリヤくんが。となりのクラスにエルくんが。そして高等部にライムさんが、留学生としてやって来たんだ。

 あと、もう一人。


「ねぇちゃん!」


 男の子の姿になり、うちの小等部の制服を来たベロちゃんが、昼休みにやってきたかと思うと、西園寺さんに抱きついた。


「ちょっと、ベロちゃん、ここは教室ですわよ」


 あわてながらも、うれしそうに、西園寺さんは周囲に、ベロちゃんを「昔、海外旅行をした時に、なかよくなった現地の子」として皆に紹介した。


 イリヤくんをはじめ、ダンジョンの仲間たちが、留学生として私たちの学校にやって来た理由は……。


「魔界プリンス、イリヤ様が、この世界を征服する為だ!」


 言った瞬間、イリヤくんの頭を、スパァン、とライムさんがハリセンで叩く。

 咳払いすると、イリヤくんは言い直した。


「この学院と、その近くにひそむフェアリー・モンスターを探すためだ」

 昼休み。エルくんの魔法で、誰も上がってこないようにした屋上で、私と西園寺さんと坂切さんは、イリヤくんの説明を聞いていた。

「それに、君たちを守る為でもある。もしフェアリー・モンスターが襲って来ても、俺たちが近くにいれば安心だろう」


 あとベロちゃんは、人間社会の常識を勉強させるために、うちの小等部に入れたらしい。

 自分で肩をもみながら、エルくんが言った。


「学校の、おえらいさんたちに魔法をかけて、ウチらを留学生と思いこませたんや。えらい大変やったわ」

「そういう事で、しばらくの間よろしくね。みんな」


 そう言ってほほえむライムさんは、高等部で、早くも美少女転校生として話題になっているらしい。

 その正体がスライムだと知ったら、みんなビックリするだろうな。

 そんな事を考えている私に、イリヤくんが言った。


「フェアリー・モンスターを探し出し、君たちを守るのが第一だが……。俺としては、こちらの世界の事も、いろいろ勉強したいと思っている」


 私は冗談めかして、たずねた。


「それって、この世界を征服するために?」


 ニヤッと笑って、イリヤくんが答える。


「いや、大好きな人が住む、世界の事を知るためだ」

「じゃぁ私が、いろいろ教えてあげるね」


 そう言った私に、イリヤくんは微笑みながら言った。


「ああ、よろしく頼む。響」


 私の中学生活は、楽しくなりそうだ。

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放課後ダンジョン! ~魔界プリンス拾いました~ 東紀まゆか @TOHKI9865

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