第14話 激闘!マンティスとの決戦
通学路沿いの家に住んでいる、その女の子は、小さい時から聖陽学院が大好きだった。
ブレザーの制服を着たお姉さんたちはお姫さまみたいに見えて、お兄さんたちは王子さまの様に見えた。
キリスト教の、愛と奉仕の精神を学んだ彼ら、彼女らは、町の清掃などのボランティアに励み、通学路でも困っている人がいれば助け、女の子も一回、転んで泣いている所を、家まで送ってもらった事があった。
『私も大きくなったら、あの学校に行く』と言うと、お母さんも、お父さんも、少し困った様な顔をして『あそこはね、たくさん勉強しないと入れないんだよ』と言った。
だから女の子は、たくさん勉強した。
がんばって、クラスで一番、成績がいい子になった。
塾にも通わせてもらった。
そして塾には、自分より、頭のいい子が、たくさんいる事を知った。
『塾の先生がね、今の成績だと、聖陽学院は難しいっていうの。もっと入りやすい、他の学校にしない?』
お母さんがそう言うたびに、女の子は『もっとがんばる、もっとがんばるから』と言い続け、そして、がんばった。
友達が遊んでいる時も、夏休みも、冬休みも、春休みも勉強を続けた。
テレビもネットも見ず、漫画も読まずに勉強した。あいている時間は、とにかく机に向かった。
一度、寝不足で、授業中に倒れた事もあった。
両親からも、塾の先生からも、無理をしないで、聖陽学院をあきらめる様に言われた。
でも、あきらめなかった。
だって、子供の頃からの夢だったから。
私も、聖陽学院に入学して、愛と奉仕の精神を学ぶんだ。
坂切さんの心の中に入った私は、彼女の記憶を見て、驚いた。
そんなに、ウチの学校の事が好きだったんだ……。
両親に言われるままに聖陽学院を目指して。
両親の死後は、叔父さんと叔母さんに「死んだお父さんとお母さんの夢を、かなえるんだ」と言われて受験して、入学してからは落ちこぼれて、学校が嫌いになっている私とは、大違いだ。
一生懸命、勉強している「過去の坂切さん」のまわりに、イリヤくんとマンティスが戦っている様子が、影絵の様にうつし出される。
イリヤくんが『王家の剣』で切りかかり、マンティスが両手の大きなカマで、はじきかえす。その様子が、私たちのまわりに、幻の様に浮かんでは消えていった。
戦っている二人は、まるで別の空間にいるみたいだった。
私はそっと、机に向かっている「過去の坂切さん」に近づいた。
どう話しかけようかと、迷った時。
「そうよ、私はこの学校が大好きだから入ったのよ。なのに何よ! 他の子たちは」
坂切さんの叫びと共に、周囲が教室になった。
そうか、ここは坂切さんの心の中だから、彼女の記憶に合わせて、景色が切り替わるんだ。
私から見れば、いつもの教室の光景だったが……。
『中学から外勢の子たちが入って来て、校内の雰囲気が、下品になって困りますわ』
西園寺さんの、バカにした様な声が響く。
『この学校、勉強以外にボランティアもやらなくちゃいけなくて、かったるいよね』
『坂切さんに押し付けちゃえば? あの子だけ、マジメにやってるし』
『あー、通学路の掃除、めんどくさいなー』
『どうせ坂切がやってくれるよ。こないだも一人でやってたし』
そういう級友の声も、坂切さんには聞こえていたんだ。
そして。
『あはは……。私、この学校は、どうも合わないな。落ちこぼれちゃったし』
そう言っている、これは私だ。
『なんかさー。文武両道とか、愛と奉仕の精神とか、かたくるしくて私には合わないよー』
座っている坂切さんが、ドン、と両手で机を叩く。
「誰にも、愛と奉仕の精神なんかありゃしない! みんな私の大好きな学校を、バカにして! いやだったら、他の学校に行けば良かったのよ!」
坂切さんのネガティブ感情とは、彼女の大好きなこの学校の「愛と奉仕の精神」を、実行しない級友への、いらだちだった。
そしてその「級友」の中には、この学校を苦手とする、私も含まれていた。
坂切さんは、机にうなだれて、嘆き続けた。
「みんな、めんどうくさい事や、嫌な事ばかり、私に押しつけて。私はいつも一人ぼっち。誰にも、愛と奉仕の精神なんて、ありはしない」
いつも私のグチを聞いて、励ましてくれた坂切さん。
その優しさに甘えて、私は、彼女に、嫌な思いをさせていたんだ。
私たちのまわりで、影絵になって戦っていたイリヤくんとマンティスが、目の前に実体化した。
両者とも、ずっと戦い続けて、つかれて苦しそうだ。
『あきらめろ、王子イリヤ。お前はオレに勝てない』
マンティスがそう言うと、イリヤくんは坂切さんを見て、私に言った。
「その少女のネガティブ感情が、マンティスを強くしている。響、なんとかしてくれ』
何とかしろと言われても……。どうすればいいのかな。
私は心をふるい立たせた。
坂切さんは、この学校で一人ぼっちだった私に、優しくしてくれたんだ。
このままマンティスに魂を食べられたら、坂切さんは生きた屍になっちゃう。
今度は、私が彼女を助ける番だ。
深呼吸して、そっと坂切さんを、後ろから抱きしめる。
その耳元で、私の本当の思いを囁く。
「坂切さん、あなたの大好きな学校を、嫌いだなんて言って、ごめんね。でも……」
私は素直な気持ちで、坂切さんに言った。
「そんな私にも、坂切さんは優しくしてくれた。だから私、この学校に通えたんだよ」
ピクン、と坂切さんの体が動いた気がした。
「私、あなたの優しさが嬉しかった。坂切さんは、かつて憧れていた『愛と奉仕の人』になったんだよ」
『小娘、よけいな事を言うな!』
私に向かい、マンティスが両手のカマで切りかかってきた。
やられる! 思わず私は目を閉じた。
だが、イリヤくんが私をかばい、「王家の剣」でカマをガイン、と受け止めた。
マンティスが驚いた様に言う。
『なぜだ、前はケルベロスに負けたのに。なぜ今日は、そんなに強いのだ』
「おめぇには、わからねぇよ」
辛そうに、イリヤくんが答える。
「あの時の俺は一人だった。だが今日は、響が一緒にいてくれるからな」
イリヤくん、苦しいのに頑張って戦っているんだ。私も、坂切さんを救わないと!
私は坂切さんを強く抱きしめた。
「私、この学校で頑張る。あなたの大好きな学校を、私も好きになる。だから……」
祈る様に、坂切さんに伝える。
「一人じゃないよ。これからも、友達でいて。お願い」
その時、坂切さんの目から、涙が流れ出た。
「や、山野辺さん……」
坂切さんの口から、言葉が絞り出される。
「ずっと、一緒にいてくれるの?」
その言葉に、私は答えた。
「一緒だよ。私たちは、ずっと友達だよ」
その時、ガイン、とマンティスのカマに、はじかれたイリヤくんが、私たちのそばまで吹っ飛んできた。
「そんな小娘が、一緒にいようとムダだ!」
イリヤくんの前に立ちふさがったマンティスは言った。
「信じられないバカだ! フェアリー・モンスターを守った親を人間に殺されて、二つの種族が判り合えない事は、わかっているくせに!」
マンティスはイリヤくんを切り裂こうと、両手のカマを振り上げて叫ぶ。
「王子イリヤよ、地獄にいる両親のもとへ行くがいい!」
私は思わず、坂切りさんを抱きしめながら、イリヤくんに叫んでいた。
「いないよ! イリヤくんのお父さんとお母さんは、地獄になんかいない!」
私は怖さも忘れて、イリヤくんに向かって、思っている事をぶつけた。
「最初から仲良くなれないなんて言う奴より、私は、イリヤくんを信じる! 人間とモンスターの未来を信じる、イリヤくんが大好き!」
それと同時に、倒れているイリヤくんの身体から、ブワッと真っ赤に輝くオーラが膨れ上がった。
思わずたじろいで動きを止めるマンティスに、イリヤくんは言った。
「お前、響を小娘と言ったな。小娘と一緒にいると、魔界プリンスは強いぜぇ!」
イリヤくんは立ち上がると、マンティスに飛びかかった。
「俺の両親は地獄にはいねぇ! だから地獄に行く気もねぇ!」
手にした「王家の剣」に全身のオーラを注ぎ込んだイリヤくんは、真っ赤に輝く刃先で、マンティスの胸を貫いた。
「貴様こそ、地獄の淵まで行って来な!」
剣が刺さった場所から、光の粒子がほとばしる。
ものすごい声をあげながら、マンティスの体は、光の粒になって飛び散っていく。
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