第11話 隠された体操着 いじめっ子と対決!?

 その夜、上ばきは、叔母さんや恵ちゃんに心配をかけたくないから、お風呂に入る時にこっそり持ち込んで自分で洗った。

 洗っている最中に、自分がみじめに思えて涙が出てきた。


 私が悪いことをした訳じゃないのに、なんでコソコソと、上履きを洗わなきゃならないんだろう。

 そんな風に気分が落ち込むたびに、イリヤくんの「俺たちは家族だ」と言う言葉を思い出した。そうだ、私には異世界の王子や、スライムやエルフの家族がいるんだぞ!

 でもやっぱり考えこんじゃって、次の日の朝ごはんの時、叔母さんや恵ちゃんに話しかけられても、返事できなかったりした。心配をかけちゃったかな。

 こっそり部屋の窓の外に干した上ばきが、朝までに乾かなかったので、次の日も職員室からスリッパを借りる事になった。


 四時間目が体育だったので、先週、持ち帰って叔母さんに洗濯してもらった体操着を、朝のうちに、教室の後ろのロッカーに入れておいたんだ。

 なのに、体育の前の休み時間に、更衣室に行こうと思ってたら、なくなっていた。

 仕方なく、体育館に制服のまま行くと、先生に何か言われるより先に、坂切さんが駆け寄って来た。


「山野辺さん、大丈夫? またやられたのね」


 坂切さんは体育の先生に、私の上ばきが昨日も盗まれた事、体操着を盗んだのも同じ犯人だろうと必死に訴えてくれた。


 「担任の先生に相談しなさい」と言う先生に「いじめなんですよ、放っておくんですか?」と食い下がる坂切さんの言葉に、私は改めて、自分がいじめられている事を痛感した。

 変な動物でも見るような、クラスの皆の視線が痛い。


 結局、体育の先生から、担任の先生に、授業の後で報告する事になり、私は体育の授業を見学する事になった。

 体育館の隅で体育座りをして、ぼんやりとボールを追いかける皆を見ていると、西園寺さんと、その取り巻きが時々、私の方を見てニヤニヤする様な気がした。

 体育の授業が終わって昼休み。着替える必要のない私は、皆より早く、体育館から校舎に戻る。


 次の事件は、そこで起こった。


 掲示板の前に、生徒が集まっている。

 学校や生徒会からのお知らせがここに貼り出されるが、今まで、こんなにたくさんの人が集まった事はなかった。

 なんだろう、と皆の後ろから、掲示板をのぞきこんだ私は、思わず声をあげそうになった。

 

 掲示板に貼り付けられ皆の注目を浴びていたのは、無くなったはずの私の体操着だった。「一年A組 山野辺響」と書かれたゼッケンの下には、おそらくマジックで、荒々しい字で「百九十六位のバカ 退学しろ」と書かれていた。

 目の前の景色がグルグル回り、私はその場にペタンと座り込んだ。


「ちょっとあなた、大丈夫?」


 先輩らしい女生徒が声をかけてくる。

 あちこちから「なんだ、あの子のか?」「これ、いじめじゃねーの」という声が聞こえてくる。

 みんなが私を見ている。あの子が成績が百九十六位の響だと。

 もう止めて、私を見ないで!

 私は、両手で耳をふさいで、うずくまった。


「山野辺さん、どうしたの?」


 体操着から着替え終わり、やって来た坂切さんが、私を見て走り寄る。


「先生を呼んできて!」


 坂切さんに言われた男子のクラスメイトが、職員室に走る。


「保健室に行く?」


 坂切さんはそう言ってくれたが、私はもう帰りたかった。

 こんな学校に、もういたくない。


「私、帰る!」

「待って、山野辺さん!」


 坂切さんの静止を振り切って、私は昇降口へと駆け出した。

 もう嫌だ。

 勉強にはついて行けないし、校則は厳しいし、嫌がらせはされるし。

 こんなにひどい事ばかりの学校に、私はいたくない。


 スリッパを脱ぎ捨て、ローファーにはき替えて、昇降口の外にでる。

 陽の光を浴びた瞬間、イリヤくんの言葉が頭に浮かんだ。


「フォアリー・モンスターは、人間のネガティブな感情を食べて成長する」


 私はハッとした。

 ゲタ箱にゴミを入れるのはともかく、体操着の嫌がらせは、簡単に出来るだろうか?

 体操着を、私やクラスの人たちに気付かれずに、どうやって持ちだしたのだろう。

 体育の授業があったのに、いつの間に掲示板に体操着を貼り付けたのかな。


 それに、何よりも。

 なんで私の中間テストの順位が、百九十六位だと知ってるの? 

 順位は上位三十名しか公表されないから、私と先生しか知らないはずなのに。


 少しずつ、私は冷静になって行った。

 「顔取り女」と出会い、マンティスとイリヤくんたちが戦った翌日から、嫌がらせが始まったのも、気になる。

 まさか、私の嫌がらせはフェアリー・モンスターのしわざ?

 そんな事を考えていると、少し先を、西園寺さんが歩いて行くのが見えた。

 いつもの取り巻きはいない。私にも気づいておらず、何か急いでいる様だ。

 体育館の更衣室を出た西園寺さんは、早足で、校舎ではなくプールの方に向かっている。

 もしかして、フェアリー・モンスターが取りついているのは、西園寺さんなのかも……。

 そう思った瞬間、私の中から、メソメソした気持ちが消えた。


 真実を暴いてやる。


 そう決意した私は、こっそり西園寺さんの後をつけた。


 西園寺さんは、この季節、人影がないプールの裏へと入って行った。ついていくと見つかるので、私は少し離れた物陰から様子を伺った。

 すると突然、カン高い西園寺さんの声が聞こえて来る。


「学校に来ちゃダメって行ったでしょ! 今すぐ家にお帰りなさい」


 誰と話しているのだろう。

 西園寺さんは確かに、一人でここに来た。誰かと待ち合わせしていたのだろうか?

 最初の一言こそ、きつい口調だったが、その後は、聞こえてくる西園寺さんの声は、子供をあやす様だった。


「ねぇ、私だって辛いのですよ。でも学校に、あなたを入れる訳にはいきませんの。いい子だから、おうちで待っていて下さいな」


 話している相手の声は聞こえない。

 黙っているのか、声が小さいのか。

 私がもっと聞こえる様に、物陰から身を乗り出そうとした時。


 西園寺さんが、こちらに戻ってきた。

 私は慌てて、その場から逃げ出す。そうなると自然と、さっき飛び出してきた校舎に戻る事になる。

 スリッパに履き変えて校舎内に入ると、掲示板に貼られていた私の体操着は剥がされており、野次馬も、もういなかった。

 後ろからは、西園寺さんが戻ってくるからグズグズしていられない。私は仕方なく、一年A組の教室に戻るしかなかった。


 扉を開けた瞬間、クラス中の皆が私を見た。そりゃそうだ。さっき中間テストの順位が書かれた私の体操着が、掲示板に貼り出されたばかりなのだから。


「山野辺さん、戻ってきたのね、良かった」


 坂切さんがそう言って駆け寄ってきてくれたので、私は涙が出そうになった。

 このクラスで、私に優しくしてくれるのは彼女だけだ。


「さっきの件は、学級委員を通じて先生に報告してもらったわ。もうウヤムヤにはさせない。あなたにヒドい事をした犯人は、必ず見つけてもらうわ」


 犯人。坂切さんの口から出た、その言葉に、ちょっとドキッとした。

 その時、私が開けたままの扉から西園寺さんも入ってきて、クラス全員の視線が一斉に、彼女に移った。


 あ……。

 

 私は敏感に感じ取った。クラスの皆が、西園寺さんに疑いの目を向けている。

 私の体操着を盗んで、中間テストの順位を書いて、掲示板に貼り出したのは……。

 ここ数日の嫌がらせの犯人は、西園寺さんなのではないか。彼女を見つめるクラスメイトたちの視線には、そんな疑いが込められていた。


 自分に集まる視線に、少し戸惑いを感じながらも、西園寺さんはいつもと変わらず、クラスの女王の様な態度で自分の席へ向かう。

 私は一瞬、迷った。

 正直、西園寺さんの事は怖い。もしフェアリー・モンスターが取りついているとしたら、なおさらだ。

 だけど、ここで黙っていたら、今までの私と変わらない気がする。

 モタモタして、メソメソして、いつも誰かのせいにしている、今までの私と。


「山野辺さん、どうしたの?」


 坂切さんの声を背に、私は西園寺さんの方に歩み寄った。

 私は変わるんだ。変わらなくちゃ、いけないんだ。

 怪訝そうな顔をする西園寺さんに向かって、思い切って言う。


「さっき、プールの裏で、誰と話していたの?」


 西園寺さんの顔色がサッ、と変わった。

 いつもの余裕ある態度がウソの様に、慌てた様子で言い返して来る。


「あ、あなたには関係ないでしょ」


 私も、ここで引く訳には行かない。


「関係なくないわ。学校に来ちゃいけない、誰と話してたの。その人が私の体操着を盗んだんじゃないの」


 クラスの空気がザワッ、とゆれた。

 西園寺さんが怪しい人物と会話していた。その事実で、彼女は一気に、不利な方向に追いやられた。

 だが西園寺さんは、まだ精一杯、いつもの態度を保っている様に見えた。


「何を言うのかと思えば、そんな事ですの? なんで私が、外勢の体操着なんか盗まねばなりませんの?」


 まただ。こっちを外勢としてバカにしてくる態度に、私はカチンと来た。


「外勢も内勢も関係ないよっ! 西園寺さんは、気に入らない私に、嫌がらせしたかっただけでしょ」

「貴女の様な庶民の事なんか、気にしていませんわ。ご両親が、さぞや頑張って進学資金をご用意なさったんでしょうね」


 お父さんとお母さんをバカにした、その一言で、私は理性を失った。

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