第10話 魔界プリンスと空中デート!

 前回は、雨の夜だったけれど、今日は夕焼け空を飛んだから、景色が凄く綺麗だった。

 ドラちゃんを操る技術は、確かにイリヤくんの方が上手かった。

 全然、揺れないで安定している。

 ちなみに私のカバンは、イリヤくんが背負っているザックの中に入れてもらった。


「わあ、富士山だ! 富士山が見える」

「あの山は美しいな。いつも飛んでいて思う」

「この高さから、富士山を見た事なんてないよ!」

「早くこの国も魔界プリンスの物にして、あの山を手に入れたい」

「もう! イリヤくんたら、またそういう事を言う!」


 はしゃいだ声を出した後、私は不意に、ライムさんの言葉を思い出す。


『イリヤ王子と空のデートなんてステキじゃない』


 私の背中は、ドラちゃんの手綱を握るイリヤくんと密着している。

 急に心臓がドキドキし始めた。何を意識しているんだろう、私。

 その時、私はハッと思い出した。イリヤくんには、謝らなきゃいけない事があるんだ。


「あのね、イリヤくん」


 夕焼け空を見ながら、私は言った。


「この前、ダンジョンで変な事を言って、ごめんね。イリヤくんが私の命を吸い取るとか」

「なんだ、そんな事か」


 意外なほど、あっさりと、イリヤくんは言った。


「気にするな。俺たちの近くにいると、いろいろ危険だからな。だから俺は、お前を近づけたくなかったんだ」


 続けてイリヤくんが、小さい声で呟いたのを、私は聞き逃さなかった。


「本当は……。会いたかったのだけれど」


 私はドキンとした。イリヤくんが私に会いたかった? それって、どういう事?


「変な事を聞いていいか」


 イリヤくんが突然言ったので、私は心の中を読まれたのかと焦った。


「変な事って、なあに?」

「君は……。両親を失っていたな。それは辛いのか?」


 その問いにも驚いたが、続くイリヤくんの言葉は、私の予想を超えていた。


「エルから聞いたと思うが、俺も両親がいない。そして両親が死んだ時に、その記憶も奪われた。だから親がいない悲しさも、寂しさもわからないんだよ」


言葉を続けるイリヤくんの顔は、ドラちゃんの手綱を操っているので、見る事は出来ない。


「覚えていない両親を失った悲しさは、感じようがない。親を亡くしても平気でいられる俺は、本当に魔界の怪物なんじゃねぇかな。時々、そう思っちまうんだ」



 しばらく夕焼け空を見つめてから、イリヤくんは言った。


「変な事を言っちまったな。忘れてくれ」

「イリヤくんは」


 思わず私は、口をはさんだ。


「ライムさんや、エルくんや、ダンジョンにいる仲間が大事なんだよね」

「ああ。親がいない俺には、あいつらが家族代わりだからな」

「それでいいと思うんだ。パパとママが死んだ時、私は、もうおしまいだと思った。目の前が真っ暗になった。でも叔父さんと叔母さんと、いとこの恵ちゃんが、本当の家族の様に、ゆっくりと時間をかけて、私の悲しみを癒してくれた。今はこの三人が、私の家族。イリヤくんに取っては、ダンジョンの仲間が、今は家族なんでしょう?」


 夕焼けが消えていく西の空を見ながら、私はイリヤくんの声を聞いた。


「そうかも知れないな。なかなか素敵な事を言うじゃねぇか」


 私はドキリとした。ちょっと、不意打ちで「素敵」とか言わないでよ。


「おっと、そろそろだな。降りるぞ」


 そう言うとイリヤくんは、私の手を引いて、ドラちゃんの首から飛び降りた。

私は、またスカイダイビング? と思ったが。

 イリヤくんは私の両手を握り、ゆっくりと地面へと降りて行く。

 そう、まるで空中で、ダンスを踊る様に。


「俺は短時間なら、空中浮遊の魔法が使えるんだ。手をしっかり掴んでいろよ」

「ちょっ、短時間って、大丈夫なんでしょうね」

「俺を信じろ。この高さなら余裕だ」


 そう言うとイリヤくんは、私と指を絡ませた。これって、いわゆる恋人つなぎだ。そう気づいて、私は顔が熱くなった。

 イリヤくんを、男の子として、急に意識してしまった。

 同世代の男女が、両手を恋人つなぎして、夕暮れの空を、ゆっくり回りながら降りてるんだ。まるで外国のアニメの、ロマンティックなシーンだよ。

 イリヤくんの目には、私はどう見えているのかな……。


「ところで、この間、マンティスに襲われた後、何か変わった事はないか?」


 そう言われると、どうしても今日の、上ばきを盗まれた事を思い出して落ち込んでしまう。私は笑ってごまかした。


「あはは。私の方は変わりないみたい。それよりイリヤくん、送ってくれてありがとう」

「気にするな。お前と空を飛ぶのも悪くない」


 イリヤくんの、その一言に、ドキッと私の心臓が破れそうになった瞬間。

 私たちは、ウチの近くの道路に降り立った。

 それと同時に、宅配便の車にクラクションを鳴らされる。


「こらー、道の真ん中で、イチャイチャしてたら危ないよー」


 慌てて恋人つなぎしていた手を離し、道のはしへとよける。

 イ、イチャイチャなんてしてないのに……。イリヤくんと私、恋人同士に見られちゃったかな。

 イリヤくんを見ると、今まで見たことのない、焦った様な顔をしていた。


「お、お前がグズグズしてるから、変な勘違いされたじゃねーか!」


 私はカチンと来た。せっかく、いい雰囲気で空中ダンスをしてたのに、八つ当たりみたいな事をされて台無しだ。


「何よ! グズグズしていて悪かったわね!」


 イリヤくんからカバンをひったくり、急いで帰ろうとする私の背中に、声がかかった。


「あ、待て」


 足を止めて振り返ると、イリヤくんは気まずそうに、頭を掻きながら言った。


「悪かった。なんだか照れくさくて、つい当たっちまった。ゴメンな」


なんだ、素直な所あるんじゃん。

私もイリヤくんの方に向き直って、柔らかな気持ちで言った。


「気にしなくていいよ。送ってくれて、ありがとう」

「あー、その、なんだ……」


 照れ臭そうに、イリヤくんは言った。


「俺と、ダンジョンの仲間は、お前の家族だ。何か辛い事があったら、遠慮なく話しせ」


 その言葉で、私は胸がいっぱいになった。

 もしかして、今日、上ばきが盗まれて落ち込んでるのを、察してくれたのかな。


「ありがとう。私もみんなが大好きよ」


 私は元気な女の子を装って、手を振った。

 その時、街灯の明かりを背中にして、表情は見えなかったけど、イリヤくんは確かに言ったんだ。


「おやすみ。俺の響」


 そう言い残すと、イリヤくんは空中高くに舞い上がっていった。

 残された私は、心臓がドキドキして破れそうだった。


「人間」ではなく、初めて「響」と呼んでくれた。


 『俺の響』って……。イリヤくん、どんなつもりで言ったの?


 私を、ダンジョンの仲間と認めてくれたから? 


「大事な家族」という意味?


 それとも、家族というより、一人の女の子として……。


 イリヤくんの言葉は、いちいち私をまどわせる。

 女の子にそういうセリフを言う時は、もう少しデリカシーを持ってよ!


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