第9話  迫りくる影。これってイジメ!?

 ダンジョンで、イリヤくんにひどい事を言ったのを謝ろうとしたけど、彼はライムさんを連れて、すぐ引き上げたので、できなかった。


 私はエルくんと、電車に乗って家路を急いだ。

 作務衣姿の金髪の少年は、結構、周りの視線を集めた。ちなみにエルフのとがった耳には「周囲からは人間の耳に見える」魔法をかけているそうだ。


「あの……」


 窓の外を流れる夜景を見ながら、私は言った。


「ごめんね、エルくん。ダンジョンで、ひどい事を言っちゃって」


 そんな事なんでもない、といわんばかりにエル君は明るく答える。


「気にする事ないで。ウチらが響さんを巻き込んだんやし。ただ『若旦那が死にそうになった時に生命を分ける』のは、もう出来ないんや」

「えっ、そうなの?」

「人間かて、大がかりな手術は何回も出来ないやろ。生命のやりとりが出来るのは、一回だけや。それはつまり……。響さんが死にそうになった時も、もう若旦那の生命を、分けてやれないという事や」


 それを聞いて、私は納得した。


「だから響さん。なるべくウチやライムの近くにおった方がええ。フェアリー・モンスターは、違いなく、あんたの学校におる。ウチらも気をつけるから、用心してな」

「うん。ありがとう」


 ピッ、と交通系ICカードで自動改札を抜け、私とエルくんは家までの夜道を歩く。

 街灯の明かりの下を歩きながら、私は気になっていた。

 マンティスはイリヤくんに『人間に親を殺され、それでも人間の味方をするバカ王子』と言っていた。

 私は思い切って、エルくんにたずねた。


「あの……。ライムさんやマンティスが言っていた、イリヤくんの過去って、聞いてもいいですか」


 歩きながら、エルくんは答えてくれた。


「こっちの世界にも、色々な国がある様に、ウチらの世界にも、色々な国がある。若旦那たち人間が、ウチらフェアリー・モンスターと仲良く暮らしている事を、あまり良く思っていない国もあるんや」

「え、そんな国があるんですか」

「響さんの世界だって、同じ人間同士なのに、差別したり戦争をしたりしてるやろ。これが人間とモンスターなら、もっと、もめる事が多くなるんや」


 その後、エルくんが教えてくれた事に、私はショックを受けた。


 人間とモンスターが仲良く暮らす事を良く思わないヨソの国が、バーナッチャにフェアリー・モンスターを全滅する呪いをかけた。

 バーナッチャの王と王妃……つまりイリヤ君の父母は、その呪いから、皆を守るために奥義魔法を使い、その引き換えに、命をうばわれたのだという。。


 そして幼かった王子……イリヤくんは、巨大な魔法の激突で、両親に関する記憶を失った。

 かすれた声で、私はたずねた。


「じゃぁ、両親が死んだその日から、イリヤくんは……」

「ウチらフェアリー・モンスターが、親代わりになって育てた。寂しい思いはさせんように、頑張ったで」

「え、イリヤ君を育てたって、エルくんは何歳なの?」

「まだ百五十歳の若造や。エルフは千年生きるからな。ライムも二百年は生きてるんやないか。スライムも長生きやし」


 エルくんは、自分に言い聞かせる様に言った。


「王様と王妃様への恩返しもあるが、ウチらは若旦那に、両親を殺した人間を憎む様な王子には育って欲しくなかったんや。若旦那が『人間だが、心はフェアリー・モンスターだ』と言うのは、その為や」


 だからイリヤくんは、自分の事を、人間でもなく、フェアリー・モンスターでもなく、『魔族』と呼ぶんだ。

 私は理解した。

 だからライムさんや、エルくんや、メイちゃん、あのダンジョンにいる百八のフェアリー・モンスターは、イリヤくんに忠誠を尽くして、仕えているんだ。

 自分たちを救うために死んだ、王と王妃の子であり。

 自分たちを救うために、両親の記憶を失ったイリヤくんだから。


「だからワイは、マンティスみたいに若旦那に逆らい、人間を襲うフェアリー・モンスターは許せないんや。ウチらを助けてくれた王様と王妃様を裏切る事になるからな」


 それを聞いて、私はイリヤくんたちのモンスター退治に協力しようと、決意を新たにした。まずは、ライムさんに回復してもらわないと。

 エルくんは私の家の前まで送ってくれた。帰るエルくんに手を振って見送り、玄関に入る時に、私は気づいた。

 エルフって、交通系ICカード持ってるんだ。

 そして翌日から、予想しなかった災難が私を襲ったんだ。


 えっ、なにこれ。

 学校について、上ばきに、はきかえようと、ゲタ箱を開けた私の心は凍りついた。

 中に上ばきはなく、ゴミがいっぱいに詰め込まれている。

 ドサドサドサッ、とゴミが足もとに落ちた。

 何が起こったのかわからず、固まっていた私の思考が動きだした。


 いじめ。

 今まで、いじめの標的にされた事がないから、すぐに、わからなかった。

 でも、誰が? 確かにクラスには馴染めていない私だが、いじめらしい行為を受ける事はなかったのに。


「おはよう山野辺さん、どうしたの? あっ!」


 後ろから声をかけてくれた坂切さんが、ゲタ箱の中のゴミに気付いた。

 そこからは、ショックであまり覚えていない。

 私の代わりに、坂切さんが動いてくれた。

 彼女は職員室の先生に報告に行き、上ばきの代わりのスリッパを借りて来てくれた。

 その後、坂切さんはクラスメイトに呼びかけて、私の上ばきを探してくれた。そうしたら中、庭の池に突っ込んであるのが見つかった。


「うちの学校では、今まで、こんな事はなかったんだけどねぇ」


 私に代わって「犯人を見つけてください!」と息巻く坂切さんに、先生は首をひねるばかりだった。

 上ばきは、持って帰って洗うしかない。スリッパで廊下をペッタンペッタン歩いていると、誰かの陰口が聞こえた。


「やぁねぇ。上ばきを盗まれるなんて、外勢の子は、ドンくさくて」


 この声は、西園寺さんの取り巻きだ。私は振り返らなかったので、陰口を言っている子の中に、西園寺さんがいたかどうかは、わからない。


 放課後、私は森林公園からダンジョンに入った。

 フェアリー・モンスターについて、何か手がかりがあったか、毎日、報告する事にしたのだ。

 イリヤくんは捜索に出かけていていなかったが、ライムさんとエルくんがいた。

 いつもの様に元気なライムさんの姿を見て、私の目には、じんわりと涙が浮かんでしまった。


「ライムさん、昨日のケガは大丈夫なんですか?」

「平気よう。エルくんの治癒魔法が効いたわ」

「今回は効いたけど、あんまり無茶な戦い方はすんなや」


 ホッとした私は、その日、いじめにあった事は、ライムとエルくんには話さなかった。余計な心配をかけたくないし、それに。

 自分がいじめにあってるのを誰かに話すのって、なんだか、みじめに感じるから。


「そや、響さん、これ持ってって」


 そう言うとエルくんは、奇妙な形の、長さ十センチほどのキーホルダーをくれた。

 先が、ふたまたに分かれたダイコンの様だ。その根元に人の顔がついている。さらにその頭から花が生えている変なデザインだ。


「なんなの? コレ」

「マンドラゴラから作ったキーホルダーや。今度フェアリー・モンスターに襲われたら、その先っぽの花を引っ張るんや。モンスターが嫌がる音が出るし、ウチらに緊急信号が届くから、すぐに駆けつけるで」

「異世界版の安全ブザーって訳ね。ありがと」

「あ、響ちゃん、帰るならドラちゃんで送ってくわよ」


 ライムさんが言ってくれたが、スカイダイビングは、もうこりごりだ。


「せっかくですけど、まだ電車があるから、それで帰りますー」


 そう言って出ようとしたところで、戻ってきたイリヤくんと出くわした。


「なんだ人間、来てたのか。帰るなら送って行くぞ」

「きゃあ、イリヤ王子と空のデートなんてステキじゃない!」

はしゃいだ様に言うライムさんに閉口しつつ、私はイリヤくんにも同じ事を言った。


「あはは……。ありがたいですけど、私、スカイダイビングはちょっと……」

「こないだはライムが送ったのか。俺は空中浮遊の魔法が使えるから大丈夫だぞ」

「え、そうなんですか?」


 空中浮遊の魔法というのが何か、詳しく聞かないうちに、私はまたもドラちゃんに乗せられて、家まで送ってもらう事になった。

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