第8話 激戦!ライムさんがやられた!!

 茶色いロングコートに見えたのは、折りたたまれた昆虫の羽だった。

 両腕には、トゲがたくさん生えた、二本の巨大なカマ。

 長い黒髪は地面に落ちて、その下からは、大きな二つの複眼を持つ三角形の顔が現れる。

 そして、その額からは二本の触覚が伸びていた。


 カマキリの化け物……。そうとしか呼べない化け物が、街灯の明かりの下に立っていた。


「あなた、学校が嫌いよね?」


 同じ事を言いながら、巨大カマキリは私に近づいてくる。

 恐怖の中で、私は理解した。

 こいつが「顔取り女」だ! 両腕のカマキリのカマで、女の子たちの顔をはいでいたんだ!


 後ずさる私の背中が、閉店したパン屋さんのシャッターにドンと当たった。

 まわりに助けてくれそうな人は見当たらない。どうしよう、大声を出そうか。

 巨大カマキリは、大きなアゴをガチガチと開閉しながら、私に近づいてくる。


「ひっ!」


 思わずカバンで顔を隠し、両目をつぶった、その時。


「響ちゃん!」


 ライムさんの声が聞こえたかと思うと、誰かに抱きしめられた。

 そして次の瞬間、ザン、と肉を切りさく様な音が響いた。

 恐る恐る目を開いた私は、私をかばって抱きしめてくれたライムさんの背中に、巨大カマキリのカマが二本、刺さっているのを見た。


「いやぁあああっ!」

「響ちゃん、ごめんね……」


 巨大カマキリのカマを背中に受けたライムさんは、そのまま道路にズルズルと倒れていく。


「無事か、響さん!」


 エルくんが叫びながら走って来るのが見えた。


「こいつはカマキリ型のフェアリー・モンスター、マンティスや!」


 そう言うと、エルくんがマジックカードを取り出し、羽ペンでサラサラと何か書いて、マンティスの顔に投げつけた。。

 マンティスはエルくんの魔法を受け、大きな光の球に包まれて、動きを止める。

エルくんがマンティスを足止めしている間に、私は地面にくずれ落ちそうなライムさんを抱きとめた。


「ライムさん、しっかりして下さい」


 弱弱しいほほえみを浮かべて、ライムさんは言った。


「響ちゃん、ごめんなさい。あなたの顔をたたいてしまって」

「そんな事、どうでもいいです。しっかりして下さい」


 駆けつけたエルくんが、マジックカードに魔法の羽ペンで何かを書いてライムさんの背中の傷口に貼る。治療魔法だろうか。私は思わず、エルくんにたずねた。


「大丈夫だよね、ライムさんはスライムだもん。切られたくらいじゃ死なないよね」


 だがエルくんは、しかめっ面で言った。


「普通なら、そうなんやが……。マンティスのカマから、毒が出とる」

「そんな、ライムさんを助けて!」

「これは、早くダンジョンに連れ帰って治療せんと……」


 泣きそうになる私の手を握り、ライムさんは言った。


「それより響ちゃん、殿下を信じてあげて。乱暴でヤンチャだけど、本当は優しい子なの……。もし私が死んだら、響ちゃんが代わりに殿下を……」

「あほ! 死ぬなんて言うなや!」


 その時、パァン、と音がして、マンティスを包んでいた光の玉が、くだけ散った。


「あかん! ウチの封印魔法が、はじかれた。こいつ取りついた人間のネガティブ感情を吸収して、かなり成長しとる」


 その時、皆が待っていた声が、その場に響き渡った。


「マンティスよ。お前、地獄に知り合いはいるか?」 


 住宅の屋根から屋根へと跳んでやってきたイリヤくんが、マンティスの前に降り立った。


「会わせてやるぜ、この魔界プリンス、イリヤ・ムローメスがな!」

「若旦那、マンティスのカマには毒があるで! 気をつけなあかん!」


 エルくんの忠告を聞き、イリヤくんは、ガッ、とマンティスの二本のカマの根本をつかみ、力くらべに入った。

 マンティスは、二本の牙をガチガチ言わせながら、イリヤくんをあざ笑った。


『人間に親を殺され、それでも人間の味方をするバカ王子か! そして貴様も人間。フェアリー・モンスターである私に、力では勝てぬぞ』


 そう言うとカマを振り上げ、マンティスはイリヤくんを投げ飛ばした。


 空中で宙がえりして、地面にスタッと降り立ったイリヤくんは、パン、と顔の前で両てのひらを合わせた。


「へん。体は人間でも、心はモンスター。魔族だぜ、俺は」


 そう言いながら、イリヤくんが合わせていた両手のひらをはなすと、その間に一振りの剣が出現した。それを見てビックリしている私に、エルくんが教えてくれる。


「あれは『王家の剣』や! 若旦那の家に代々、伝わる、伝説の武器や!」


 イリヤくんは出現した『王家の剣』で、マンティスに切りかかる。ガイン、ガイン、と、マンティスのカマと、『王家の剣』がぶつかりあう。

 その時、私が抱きかかえていたライムさんが、苦しそうにうめいた。私は思わず叫んだ。


「イリヤくん、ライムさんを早くダンジョンに連れて行って、手当てをしないと!」

「ならば、こちらも助っ人を呼ぶか」


 夜空に『王家の剣』を突き上げて、イリヤくんは叫んだ。


「王子イリヤの名のもとに命ずる。全ての生者の動きを止める者、我のもとに来たれ」


 それを見て、私はさっきライムさんとエルくんに聞いた事を思い出した。

 イリヤくんは、ダンジョンに暮らす百八のフェアリー・モンスターを召喚できる。でも、どうやって?


 夜空にかすかに、ドラゴンの鳴き声が響いた。

 私たちのいる場所の上空を、ドラゴン……ドラちゃんが飛んでいるのが見えた。

 そうか、ドラちゃんが助っ人を運んで来たんだ。そしてドラちゃんの背中から飛び降りて、私たちの前に降り立ったのは……。


「響さん、大丈夫?」


 頭にヘビをたくさん乗せた、メドゥーサのメイちゃんだった。


「あ、うん……。メイちゃんこそ、あんな高くから飛び降りて平気なの?」

「うん、鍛えてるから!」


 そういう問題かな、と思ったが、メイちゃんはすぐに、マンティスと力くらべをしているイリヤに向かって言った。


「王子、マンティスを石化します。どいて下さい」


 イリヤはマンティスのヒザを蹴り、動きを止めてから離れた。

 メイちゃんと、その頭にいる無数のヘビが、目を赤く光らせてマンティスを、にらみつける。

 マンティスの、くるぶしからヒザ、ヒザから腰へと、足が白く石化していった。これで動きを止められる。

 私がホッとした瞬間、イリヤくんが叫んだ。


「メイ、こいつは人間に取りついている。動きを止めるだけでいい。完全に石化すると、取りつかれている人間が死んでしまう」


 その言葉に、メイちゃんが目を赤く光らせるのをやめて、石化を止めた時。

 腰まで石化されていたマンティスの体が、みるみるうちに元に戻って行った。それを見たエルくんが、驚いた様に言う。、


「メイの呪いを無効化しとる。こいつ相当、パワーアップしとりまっせ!」


 マンティスは、バッと背中の羽を広げると、夜空に飛び立っていった。


「あかん! 空を飛べる仲間が、今ここにはおらん!」


 そう言うエル君に、私は尋ねた。


「ドラちゃんじゃダメなの?」

「あいつはあまり、夜目が効かへんねん。自分の体より小さいマンティスは見つけられんやろ」


 その場を収める様に、イリヤくんが言った。


「人目につくとまずい。俺たちも引き上げよう。作戦を練り直すぞ」


 イリヤくんたちは森林公園のゲートを通って、ダンジョンに引き上げるという。

マンティスとの闘いでダメージを負ったライムさんは、イリヤくんにおんぶされ、エルくんが私を家まで送ってくれる事になった。

 別れ際に、イリヤくんは私に言った。


「お前が足手まといだ、と言ったのは、こういう事だ」


 思わずカッとなって言い返そうとしたが、今日の所はその通りだ。

 私のせいで、ライムさんにケガをさせてしまった。

 しょんぼりする私に気を使ったのか、イリヤくんは言った。


「だから守ってやる。これからは俺たちと一緒にいろ。その方が守りやすい」


 イリヤくん、私を心配してくれるんだ……。

 私は、こくん、とうなずいた。

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