第7話 ダンジョンで、取返しのつかない事をする
「あっ、そうだ。イリヤくんは私の事をいらない、って言ったのに、どうしてお二人は、私を呼んだんですか」
ライムさんとエルくんは、しばらく、気まずそうに見つめあっていた。
やがてライムさんが、意を決した様に言った。
「イリヤ殿下は、あなたに危険が及ばないように、わざと、ああ言ったのよ」
その時。部屋の外の面した窓からフゴーッ、と大きな音がしたかと思うと、昨日のドラゴンが、部屋の中をのぞきこんだ。今の音は、ドラゴンの鼻息だったのだ。
「あらあら。ドラちゃんは、すっかり響ちゃんがお気に入りみたいね」
ライムさんがパチン、と指を鳴らすと、窓がひとりでに開き、外にいるドラゴンが、部屋の中に顔を突っ込んで来た。
「ひっ!」
ドラゴンは、その大きな顔を、私の顔にすりよせる。足がすくんで逃げる事も出来ず、私は立ち尽くして、ドラゴンに頬ずりされていた。
「あはは、ドラちゃん、すごくなついてる」
笑い事じゃないですよ、ライムさん!
私の心の声が聞こえた訳ではないだろうが、ライムさんがもう一回、指を鳴らすと、ドラちゃんと呼ばれたドラゴンは、窓の外に頭を引っ込めた。
窓の……外?
私は窓に駆け寄って、外を見た。
そこは学院裏の森林公園ではなく、遠くに雪を頂いた山脈が見え、その下には深い森が広がっていた。
森の中に広がる草地に、ドラちゃんは座っていたのだ。
私は窓から首を伸ばし、自分のいる建物を見た。石造りのお城だ。ダンジョンというから、なんとなく地下にあるのかと思っていた。
「ライムさん、昨日、ドラちゃんに私を乗せて家に帰す時は、どうしたんですか?」
「ここに来る時、木と木の間に、世界を結ぶゲートを開いたでしょ? あれと同じ様に、空に大きめのゲートを開いて、ドラちゃんに、くぐってもらったのよ」
「はぁ、まだ信じられません」
私にイスをすすめると、ライムさんは話を続けた。
「話の途中だったわね。イリヤ殿下は反対しているけど、私たちは、あなたにフェアリー・モンスター退治を手伝って欲しいの」
私は椅子に座り、イリヤさんとエルくんの話を聞いた。
「イリヤの若旦那は、生徒に化けてあんたの学校を捜査してるが、限界がある。なんせ授業には出らへんし、ニセモノの生徒とバレたらおしまいや。その点、響さんなら、学校のどこにいても、おかしくないやろ」
「まあ、入れない場所もあるけどね。あはは」
「それと、もう一つの理由はね。響ちゃんを、私たちで守りたいの」
「わ、私を守る?」
ライムさんとエルくんは説明してくれた。
雨の中で死にかけていたイリヤくんに生命を分け与え、またイリヤくんから生命を戻してもらった事で、私の中に、イリヤくんの持つ「王家の魂」が、少し混ざりこんでしまったのだという。
フェアリー・モンスターは、その「王家の魂」を感じ取って、私をイリヤくんと間違えて、襲ってくるかもしれない。
「あくまでも、可能性の話よ。絶対、襲われるってわけじゃないから」
ライムさんが、そう言ってくれたけれど、私の耳には入って来なかった。
私が、フェアリー・モンスターに襲われる。
学校で「顔取り女」騒ぎがあって、あれはフェアリー・モンスターの仕業かなあ、とか思っていたけれど。
正直、今まではどこか、他人事だった。
それが一気に「私が、ねらわれるかも」という恐怖になったのだ。
「響ちゃん、大丈夫?」
私は、よほど青い顔をしていたのだろう。心配そうに尋ねるライムさんにも、返事は出来なかった。
「おい、なぜ人間を連れこんでいる」
その時、ドアからイリヤくんが部屋に入って来た。
「殿下!」
「いや、若旦那、これには理由が」
あわてるライムさんとエルくんに向かい、イリヤ君は静かに、しかし厳しく言った。
「言ったはずだぞ。私たちの戦いに、人間を巻き込むなと。お前たち、この魔界プリンスであるイリヤの命令が聞けないのか」
イリヤくんの顔を見た瞬間、私の頭に、恐ろしい考えが浮かんだ。
「わかった」
「え?」
キョトン、とするエルくんとライムさんに、私は感情のおもむくまま、言ってしまった。
「あなた達、イリヤくんがまた死にそうになったら、私の生命を使う気なんだ!」
「んなアホな! そんな事はせんよ」
「落ち着いて、響ちゃん」
二人はそう言うが、私はモンスターに狙われるかも知れないという恐さで、何も信じられなくなっていた。
「イリヤくんを助けたばっかりに、私も怪物に、ねらわれるんだ! あなたたちになんか、出会わなければよかった!」
その言葉を聞いて、ライムさんと、エルくんの顔つきが変わる。
ここにいたくない。私は部屋から走り出た。入り口に立つ、イリヤくんのすぐ横を駆け抜ける。
「おい、待てよ!」
イリヤくんはそう言うと、私の右手を握って、引きとめようとした。
私はゾッとした。イリヤくんに、また生命を吸われると思ってしまったんだ。
「いやっ、さわらないで、このバケモノ!」
思わず言ってしまった瞬間。
ぱぁん、と乾いた音が、その場に響きわたった。
軽い痛みが左のほおに走る。驚いた顔のイリヤくんの横に、ライムさんが、泣きそうな顔をして立っていた。
ライムさんに、ひっぱたかれたんだ。そう理解するまで、少し時間がかかった。
「あ、その」
驚いた私が見つめていると、まるで自分が引っぱたかれたかの様に、ライムさんは顔をクシャクシャにして泣き出した。
「ちがうの、ごめんなさい。響ちゃん、殿下をバケモノだなんて呼ばないで……」
あの優しいライムさんに叩かれた。そして、そのライムさんが泣いている。混乱する私の前で、ライムさんは言葉をしぼり出す様に続けた。
「バケモノは私たちの方なの……。そんな私たちを守るために、殿下は、殿下は……」
「余計な事を言うなッ!」
イリヤくんが大きな声を出して、みんなビクッとした。
私はイリヤくんが掴んでいる手を振りほどき、廊下へと走り出た。なんだか、この場所には、いちゃいけない気がした。
「またダンジョンで、誰かに会うとまずい。ゲートを開いて、元の世界に戻すで」
背後で聞こえたエルくんの言葉通り、気がつくと私は、森林公園に戻っていた。
芝生広場を一気に走り抜け、学校への坂を下る。
ライムさんもエルくんも追いかけて来ない様だ。ほっ、としたところで、私の心はずーん、と重くなった。
私、ひどい事を言っちゃった。
「あなたたちになんか、出会わなければよかった」なんて……。
あとイリヤくんの事を「バケモノ」だなんて言っちゃった……。
あの優しいライムさんが、私の事をたたいたんだ。よほど怒ったのだろう。
勝手に、みんなが、私の生命を目当てにしているんだ、なんて思いこんでしまった。
後悔の念に押しつぶされそうになりながらも、夕闇が迫って来たので、私は帰る事にした。
ひとけのない通学路を、トボトボと歩く。周囲はだんだんと暗くなり、街灯がともりだした。
通学路を半分くらいまで来て、あと三分ほどで駅に着く、という時に、少し先の電信柱の横に、一人の女の人が立っているのが見えた。
季節外れの茶色いロングコートを着ているのが、街灯の明かりで見える。
その顔はボサボサの長い黒髪で隠されていて見えない。私は、何か嫌な予感がした。
女の人から離れて、道のはしを歩いて、通り過ぎようとした時、女の人にボソボソっと、話しかけられた。
「あなた、学校が嫌いよね?」
ドキッとして、思わずそちらを見た瞬間。女の人の体が、バサっと広がった。
私には、そう見えたんだ。
茶色いロングコートに見えたのは、折りたたまれた昆虫の羽だった。
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