第5話 顔取り女が出た!

 その時、カン高い声がクラス中に響いた。


「いやですわ〜。顔取り女だなんて、外勢は小学生みたいな噂を信じるのね」


 クラスのリーダー格の西園寺静香さんだ。私と坂切さんの話が聞こえたらしい。

 この聖陽学院は小学校から高校まであるが、中学だけ、受験で入学できる。

 小学校から通っている子は「内勢」と呼ばれ、お金持ちの家の子が多く、西園寺さんも、大きな会社の社長さんの娘だ。

 そして私や坂切さんの様な、中学受験で入ってきた「外勢」を、「庶民の子」とか「品がない」と言ってバカにするのだ。


 この「内勢が外勢をバカにする」空気も、私がこの学校になじめない一因だった。

 もっとも、内勢も外勢も、学校が使っている正式な呼び名ではなく、先輩たちの代から冗談半分に使われていた言葉だが、西園寺さんは、私たち中学受験組をバカにするのに使っている。

 彼女はイジメっ子体質の様だ。


「あ〜あ、せめて外勢とは、クラスを分けてくれればいいのに」


 内勢の取り巻きに囲まれた西園寺さんは、聞こえよがしに、そう言った。

 頭に来た私は、立ち上がって文句を言おうかと思ったが、同じく外勢の坂切さんが小声で「相手にしない方がいいよ」と言った所で、先生が入ってきた。


 でも「顔取り女」の恐怖は、まだ始まっていなかったんだ。


 二時間目と三時間目の間の休み時間に、校舎のどこかから、女性の悲鳴が聞こえた。

 先生たちが廊下を走り回り、やがて校庭まで救急車が来て、女生徒が一人、運ばれて行った。

 三時間目の授業が始まらないなー、と思ったら、担任の先生が来て「今日はもう下校して下さい。帰り道では、一人にならない様に」と言われた。

 一人にならないもなにも、全校生徒が一斉に帰ったので、通学路は大混雑。それに数百メートルおきに、先生が見守る様に立っていた。


 一体、何があったんだろう。


 晩ごはんの時に、叔母さんと恵ちゃんに「顔取り女」の話をしたら「昭和の口裂け女じゃないんだから」と笑われた。

 恵ちゃんだって、二歳しか違わないのにー。

 お風呂に入って部屋に戻り、スマホで口裂け女について調べていると、アプリのトークルームへの招待が来た。

 私は知らなかったんだけど、私たち一年A組の生徒が集まるトークルームがあって、坂切さんが招待してくれたらしい。

 トークルームに入ってみると、今日、起こった事件の話題で持ちきりだった。

 そこに書かれていた事をまとめると。


 うちの学校は、校舎の四階に、化学実験室や美術室、家庭科室など、いわゆる「移動教室」がまとめられている。

 だからその一角は、時間割の組み合わせによって、人が少ない時間がある。

今日、学級委員の仕事として、化学の実験準備のために、早めに、ひとけの無い四階へ上がった中学三年生の先輩がいた。

 そして、その先輩は、廊下にウチの制服姿の女子が立っている事に気づいた。

 時に気にせず、先輩が、その女子の横を通り過ぎようとした時。


 女子の顔の皮が。

 長い髪の毛ごと。

 ずるり、と顔からはがれて、床に落ちた。


 先輩の悲鳴を聞いて、すぐに男子生徒や先生方が駆けつけた。

 だが気絶した先輩が床に倒れているだけで、顔の皮を落としたという、謎の女生徒の姿はなかった。


 校内に、あやしい人物が現れたとして、学校は私たちを早退させ、警備会社の人に、校内を探させたそうだ。さすがに警察には通報しなかったらしい。

 この話は、気絶して救急車で運ばれた先輩の友達が、本人からスマホのメッセージアプリで聞いたという。

 その話がまた、こうしてアプリで広がっている。

 この分だと、学校の外の人に知れ渡るのも、時間の問題かも知れない。


 そんな事を考えている間にも、アプリにはクラスメイトの会話がどんどん書きこまれていく。


『これって、噂の顔取り女じゃねーか』

『でも顔取り女って、カマで顔の皮をはぐんじゃないの?』

『だから、はいだ皮を、かぶってたのが落ちたんだよ』


 そこまで読んで、私はゾッとした。

 人の顔をカマではいで、仮面のようにかぶるなんて。そんな恐ろしい事をする人がいるのだろうか? 

 しかもその人は、ウチの学校の制服を着て、校舎に入りこんでいた。

 私は怖くなり、アプリを閉じた。


 ベッドに横になり、昨日の夢を思い出す。

 これはイリヤくんの話していた、フェアリー・モンスターのしわざかも知れない。 だったら、彼らがなんとかしてくれるだろう。

 イリヤくんに役立たずみたいに言われて、少し悲しかったけど、こんな怖いものとの戦いに巻き込まれなくて、よかったんだ。

 そんな事を考えているうち、私は眠ってしまった。

 その日の夢には、イリヤくんたちは出て来なかった。


 翌日、学校は日常を取り戻した様に見えたが、かすかな緊張感が、みんなの間に漂っていた。

 朝のホームルームで、先生が言う。


「昨日、学校の中を、さがしましたが、あやしい物は見つかりませんでした。しかし一週間、クラブ活動を中止とします。放課後は、すぐに帰ってください」


 一体、何が起こったのか。なぜ校内をさがしたのか。それを言わないのが、よけい怖さを感じさせた。

 昼休み、内勢の取り巻きと、どこかへお弁当を食べに行こうとする西園寺さんの背中に、男子が、からかう様に声をかけた。


「よーよー。顔取り女は、外勢の作り話じゃなかったのかよー」


 女子の間では、女王の様に扱われている西園寺さんだが、そのキツい言動を、よく思っていない男子もいるようだ。だが西園寺さんは、そんな冷やかしの声など聞こえないかの様に、無視して歩み去って行く。

 ああいう所は、さすがだなあ、って感心している場合じゃない。

 今日は叔母さんが朝、忙しくてお弁当を作れなかったから、購買部でパンを買わなきゃならない。


 信じられない事に、ウチの学校では「パン購入許可証」というのがあるのだ。

 生徒手帳に保護者のハンコを押してもらい、朝、担任の先生に見せて、またハンコをもらう。その二つのハンコを見せて、初めて購買部でパンを売ってもらえるのだ。

 これを小学校時代の友達に話したら、すごく笑われた。

 「それアプリにした方がいいんじゃね?」って、そういう問題じゃないと思うのだが。


 無事、購買部でツナドッグと焼きそばドッグ、それにイチゴミルクを買った私は、中庭ででも食べようかなー、と外に出て。

 息が止まった。

 その中庭で、ベンチに座ってお弁当を食べている西園寺さんの前に、立っている制服姿の男子。

 イリヤくんだ。


 あわてて物陰に隠れて、二人の様子をうかがう。

 なんでイリヤくんが、私たちの学校に、制服でいるの? 

 西園寺さんと、何を話してるの?

 その時、西園寺さんがビックリする様な金切声を上げた。


「あなた、なんて失礼な事を、おっしゃいますの!」


 その声に引き寄せられる様に、近くの物陰に隠れていた取り巻きたちが出てきて、イリヤくんと西園寺さんを取り囲む。


「西園寺さん、どうなさったの?」


 西園寺さんは、よほど起こっているのか、顔を真っ赤にしてイリヤくんを指さす。


「この人が、私の事を、くさいと言ったんですのよ!」


 ありゃ、それは失礼だ。西園寺さんでなくても怒るよ、と思いながら見ていると、イリヤくんは肩をすくめて言い返した。


「くさいとは言ってないぜ。においがする、と言っただけで」

「同じですわ!」

「大型犬の、においがする」


 イリヤくんの、その一言に、西園寺さんは、何故かだまりこんでしまった。

 代わりに取り巻きたちが、やいのやいのとイリヤくんを責めたてる。


「ちょっとあなた、失礼ですわ」

「西園寺さんが、犬くさい訳ないでしょう」

「ああスマン、においの意味が、俺とお前たちでは違ったな」


 一呼吸おいて、イリヤくんは言った。


「気配だ。凶暴な、地獄の犬の気配が、お前からするぜ」


 取り巻たちが何か言うより早く。その言葉を聞いた西園寺さんは、その場から立ち去ってしまった。

 離れていたからよく見えなかったけど、西園寺さんの顔が、真っ青になっていた気がする。


「待って、西園寺さん!」

「もう、先生に言いつけますからね」


 イリヤくんに悪態をつくと、取り巻きたちは、歩み去る西園寺さんの後を追って行った。

 その様子を見ていた私は思った。

 夢の中で会った時、イリヤくんは言っていたっけ。

「フェアリー・モンスターは、人間に取りつく」と。


 もしかして「顔取り女」が取りついているのは西園寺さん? 

 イリヤくんはそれを感じ取って、彼女を調べに来たのかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る