四章

第28話 儀式の前夜

 ついに迫る儀式前日。


 なずなは、舞の最終確認を終え、千隼と二人縁側に座り、のんびりと月を眺めていた。


「ついに、明日だね」


「はい」


 視線は月に向けたまま、どちらからともなく手を重ね合う。


(もし、明日の夜も、こうして二人で月を見れたなら……)


 その時、自分の気持ちを伝えたい。


 そのためには、愛し子となり、彼を元の人間に戻さなければ。


 問題が解決しない限り、千隼はきっと、思いを伝えさせてもくれない気がした。


(もし、明日舞が失敗に終わってしまったら……)


 自分は、この気持ちを告げることもできず、死んでしまうのかもしれない。


「なにを考えてるの?」


 ずっと無言でいるなずなの顔を、千隼が探るように覗き込んでくる。


 明日のことを考え、なずなが不安になっていると思ったのか、千隼はこちらを安心させるような、優しい笑みを浮かべると、ちゅっと額に口づけをくれた。


「っ……千隼様?」


「明日、絶対に上手くいくおまじないだよ」


「千隼様のおまじないなら、百人力ですね」


 そうして微笑み合う二人は、傍から見ると、とても幸せな恋人同士のようだった。



◇◇◇◇◇



「なにあれ」


 最後の稽古を終えたひよりは、左京と共に部屋へ戻る途中、縁側で微笑み合うなずなと、千隼を見かけた。


 おまじないだと、額に口づけられたなずなは、愛しいものを見る目で鬼を見ている。


(信じられないわ……)


 物の怪と、まるで恋人のように寄り添うなんて、自分なら想像しただけでぞっとする。


 なずなと立場が逆じゃなくて良かったと、心底思う。けれど。


「…………」


 左京は、たまになにを思っているのか分からない眼差しを、なずなへ向けていることがある。


 別に、彼がなずなに焦がれているとか、そんな心配をしているわけじゃない。


 けれど、彼の向ける視線の先に、なずながいるたび、ひよりは焦りを覚え、面白くない気分になるのだ。


「左京さま!」


 気を引くように、甘えた声で腕に絡みつくと、ようやく左京は自分の方を向いてくれた。


「あたしも左京様に、おまじないして欲しいな」


 そうねだり、ひよりは目を閉じ口づけを待つ。けれど……。


「明日、貴女が愛し子として選ばれたなら、して差し上げましょう」


「えぇ~」


 今して欲しいのにと、唇を尖らせ拗ねてみせたが、左京は涼しげな笑みを浮かべるだけだった。


「さあ、今日は、早めにお休みください。明日のためにも」


 そう言って、ひよりを部屋の前まで送り届けると、するりとひよりが絡みついていた腕を抜き、自室へ戻っていってしまう。


「つまんない……」


(まあ、いっか。明日には、してくれるって言ってくれたし)


 明日の儀式、ひよりは自分の舞に対しては、なんの不安もない。


 だが、もし姉が奇跡を起こしてしまったら……。


「大丈夫よ……運は、あたしの味方なんだから」


 一人になったひよりは、俯き祈るようにそう呟いたのだった。

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