第7話 花嫁候補と鬼と、謎の娘
麒麟の愛し子と呼ばれる娘が、帝都から離れた片田舎にいるらしい。
その噂を、左京が耳にしたのは、もう一ヶ月以上前のことになる。
由緒正しき蓮水家の次期当主が、田舎娘を花嫁にするなど、相応しくない相手だと、最初は反対の声も上がっていた。
けれど、もしその娘が、本当に愛し子だったなら……逆にこれ程、蓮水家に相応しい花嫁はいない。
そう説得して反対派を丸め込み、左京はついに愛し子と呼ばれる娘、ひよりと対面した。
麒麟の愛し子と確証が持てたなら、花嫁として迎えたい。
そう手紙で伝えていたはずだったが……村では既に、ひよりを花嫁として、盛大に送り出す催しが行われていた。
花嫁の母は、結納金がどうとか、金銭的な援助は貰えないのかと、がめつく何度も聞いてきた。
左京は、それらを適当に聞き流し、ひよりを車に乗せ帝都へと戻る。
「うふふ、実は帝都には、幼い頃に一度だけ行ったことがあって。あんな都会に住めるなんて、今からとっても楽しみです」
道すがら、ひよりは車の窓から流れる景色に、目を輝かせ、もう嫁いだ気でいるようだった。
「そうですか」
特に肯定も否定もせず、左京は話しかけてくるひよりの言葉に、相づちを打つ。
もし、彼女が本物だったなら、すぐにでも蓮水家に引き入れたいのが事実。
だから、ご機嫌を損ねるわけには、いかないのだが……。
(本当に、この娘が『愛し子』なのだろうか?)
楽しそうに微笑む顔は愛らしいが、正直どこにでもいる娘にしか見えない。
「それから……左京様が、こんなに素敵な人だったなんて。お会いできて、あたし、ますます好きになってしまいました」
色素の薄い長髪を一本に結い、品の良い着物をピシッと着こなす。そんな、規律正しき名家の子息らしい雰囲気を持つ左京を、ひよりは何度も盗み見しては、うっとりと頬を赤らめてくる。
「そうですか。期待外れと思われず、よかったです」
「期待以上です、ふふ」
とりあえず、好印象を与えられたなら、出だしは好調だ。
愛し子を、逃すわけにはいかないのだから。
◇◇◇◇◇
一日屋敷を開けてしまったが、予定より早く帰ってこられた。
左京は、ひよりを客室へ案内し、女中に世話を任せると、気がかりだった地下室へ、足早に向かう。
「変わりはないですか?」
隠し部屋の見張りに声を掛けると、見張りの目が僅かに泳いだ。
嫌な胸騒ぎがして、左京は眉を顰める。
「あの……昨夜、地下へ食事を届けに向かった女中が、戻ってこなくて……」
「は?」
自分がいない間、地下への出入りを許したのは、自分の腹心の部下一名のはず。
だが、見張りに問い詰めたところ、部下が女中を連れてきて、地下へ押し込み告げたのだと言う。
――なにがあっても、開けるなと。
状況を把握した左京は、見張りを押し退け地下へ続く階段を下る。
もう死んでいるであろう女中の、死体の後始末をどうするか考えた。
余計な仕事を増やされ、内心苛立つ。
こうなると、人食いとなった鬼の処遇も、考えなければ……。
「……なんだ?」
しかし、階段を下りながら、徐々に左京は違和感に気付く。
いつもなら、この場所は、昼間でも邪気が充満しているのに、その気は薄れ、それどころか……。
「っ……」
地下牢の中に広がるのは、予想していた血塗れの惨事ではなかった。
静かに眠る鬼に寄り添うようにして、見知らぬ娘も寝息を立てている。
生きている……だが、そんなことよりも、左京を驚かせたのは。
(なんという神気……)
眠る娘が纏う神々しい気に、息を飲む。
人の気が読める左京には、分かる。こんなに強い力を宿している人間は、稀だ。
神気を操る退魔師一族の中で、生まれ育った左京ですら、目を見張るぐらいに。
目の前の娘に対抗できる程の神気を持つ人物は、蓮水家の中にも一名しかいないだろう。
(いったい、彼女は何者……)
今日連れ帰った花嫁候補なんかより、よほどこの娘のほうが、麒麟の愛し子と言われても納得がいく。
人の気配に気が付いたのか、最初に目を覚ましたのは、娘ではなく鬼の方だった。
言葉を発せられない鬼は、薄っすら目を開けると、気怠げに左京を見上げた。
目が赤く光っていない。
これも、隣で眠る娘の神気が、影響しているのだろうか。
「お嬢さん」
肩を揺すると、ようやく娘は目を覚ます。
紫がかった黒髪と瞳の、美しい娘だった。
「あら? わたし……」
「迎えに上がりました。戻りましょう」
まだ、寝ぼけ眼の娘は、戸惑いつつも鬼の方へ視線をやった。
だが、鬼は目を合わせることなく、座ったまま再び目を閉じてしまう。
「さあ、ここは、本来貴女のような人が、いるべき場所ではありません」
戸惑いを浮かべたまま、けれど娘は素直に頷き立ち上がる。
そんな彼女を連れ出し、牢に鍵を掛け直すと、左京は地下を後にしたのだった。
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