第4話 怪しいけれど、割の良いお仕事
「ここが、帝都!」
馬車を乗り継ぎ数日掛け、なずなは帝都へと辿り着いた。
茅葺き屋根の家と、畑と山しかない景色の中で育ったなずなにとって、帝都の町並みは刺激的なものだった。
少し栄えた隣町ぐらいなら、定期的に足を向けていたけれど、そこには洋館などなかったし、洋装姿の人も珍しかった。
けれど帝都は違う。
洋式の建物が多く並ぶ他、舗装された道路には、車も走っている。
町行く人々の中には、田舎じゃお目に掛かれない背広や、ワンピースを来た若者たち。
(わぁ、あれがモダンガールね)
ヒールの高いパンプスを履いて軽やかに歩く、ハイカラな美女が目の前を通り、なずなは「ほぅ」と息を吐いた。
小花模様の淡色をした着物は、なずなが持っているものの中で、たった一枚のよそ行きの着物だったが、履き物はボロボロだし、地味で恥ずかしくなる。
(わたしも、生活に余裕が出来たら、お洒落をしてみたいな)
そんな希望を胸に、まずは職を探さなければと、気合いを入れた。
家族に使い込まれ、少ししか残っていなかったへそくりは、帝都までの移動代で、ほぼ使ってしまった。
残った銭を手のひらにのせ、溜息が零れる。
(これじゃあ、宿にも泊まれないわね……心許ない)
こうしてはいられないと、道行く人に声を掛け、求職者に仕事を斡旋してくれるらしい建物を、教えて貰ったのだった。
◇◇◇◇◇
「ここで、合ってるのかしら……」
人通りの多かった大通りとは違い、その建物は、帝都にある裏道の、薄暗い通りの先にあった。
恐る恐る中に入ってみたが、出入りしている人たちも、なんだか厳つい男性が殆どだ。
(帝都では、職業婦人も沢山活躍しているって、聞いていたけど……)
自分にでも出来る仕事はあるだろうかと、心配だ。
一番得意な畑仕事は、ここではあまり役に立たなさそうだし。
「あの……」
そう思いながらも、勇気をだして受付にいた、少し胡散臭そうな男性の口利きに声を掛ける。
「んん? なんだ、嬢ちゃん。仕事探しかい?」
「は、はい!」
力強く頷くと、口利きは、どんな仕事が出来るか。どれぐらいの給金を求めているのかなど、なずなの要望を聞いてきた。
なずなは、畑仕事や縫い物なら得意なこと。家事も一通り出来ること。体力には、それなりに自信があると、伝えた。
「それから……恥ずかしながら、田舎から出てきたばかりの身で、手持ちもなくて。できれば、日払いでお給金がもらえたり、住み込みで働かせていただける所だと、ありがたいのですが……」
帝都には、華族が住む屋敷や、商家も多い。
女中の仕事ならば、自分でも出来るのではないだろうかと、なずなは希望を持っていた。
「田舎から? 出稼ぎかい? 家族は?」
「家族は……いません。天涯孤独の身なので」
義理の家族も村も捨てた。今日から、生まれ変わった気持ちで、生きようと決めていたなずなは、迷いなくそう答えた。
すると、一瞬だけ口利きの瞳が鋭く光った……気がした。
「ほう、ほう、ほう……実はね、今朝入ってきたばかりの仕事があるんだが。これなんかどうかね」
そう言って口利きは、急に人の良さそうな笑みを浮かべると、条件の書かれた紙を、なずなの前に出してくれた。
「とある屋敷からの依頼だ。そこで一日だけの女中をすればいい。日雇いだが、給金が高く割の良い仕事だ」
名は伏せられているが、名家からの依頼らしい。
「なあに、大方夜会でも開くのに、人手が足りんのだろ。簡単な仕事さ」
「それなら、どうして、名を伏せているのですか?」
「ウチに来る依頼には、よくあることさ」
名家だからこそ、悪い噂が立たないよう、名を伏せ人を雇うのだと。
(そんなこと、ある? なんか、怪しい気が……)
だが、都会の常識に自分は疎い。だから、これが普通と言われれば、そんな気もする。
「大きな声じゃ言えんが、夜会にも色々あるんだよ。分かるだろう、嬢ちゃんも子供じゃないんだ」
含み笑いでそんなことを言われても、夜会など別世界の話なので良く分からない。
(う~ん、秘密の夜会のお手伝い……?)
「ちなみに、給金の額はこれね」
「えっ!? こんなにいただけるんですか? 一日で!?」
その額は、なずなの迷いを一瞬で吹き飛ばした。
一日女中をがんばれば、数日の宿代と食事には困らなくて済む。
「や、やります! やらせてください!」
「よしきた!」
前のめりになったなずなへ、口利きは「良い選択だ」と、親指を立てて笑っていた。
◇◇◇◇◇
それからすぐに、口利きはどこかへ連絡を入れ、指定する場所に迎えが来るから、そこで待っていろと指示された。
土地勘のないなずなは、地図を頼りに、時に人に道を尋ねながら、なんとか指定された橋の前まで辿り着く。
人気のない場所だったが、そこにはすでに一台の車が停まっていた。
少しドキドキしながら近づくと、黒塗りの車から、冷たい目つきをした男性が降りてきた。
「名は?」
「は、はい。香坂なずな、です」
「乗りなさい」
言われたとおり車に乗せられる。
車なんて乗ったの初めてで、そわそわと落ち着かない気持ちになった。
けれど男は、お構いなしの冷淡な態度のまま、仕事内容の説明を始める。
「君には、屋敷にいる、病に伏せったとある者の世話をしてもらう」
「病人のお世話、ですか?」
秘密の夜会の手伝いと、思い込んでいたなずなは、少し面食らってしまった。
「病といっても、感染の心配はない。君は、ただその人へ夕食を運び、世話をしてくれればいい」
なずなの反応を、世話への抵抗と受け取ったのか、男はそう付け足してきた。
「あの、どうして一日だけの女中を、募集されたんですか?」
病人の世話ならば、医学の知識がある者や、気心の知れた人がやったほうが、良い気がする。
感染の心配もないなら、余計にそう思った。
それを、一日だけ女中を雇ってさせるなど、夜会の手伝いより、大きな違和感を覚えるのだが。
「いつもその者の世話をしているお方が、今晩留守になる。その病人は、屋敷中の人間から疎まれている。よって今晩、世話をする人間がいないのだ」
男は、淡々とそう説明する。
「本当は、追い出したいぐらいだが。ご当主様の恩義によって生かされている輩だ」
そして、これ以上余計な情報を、なずなに教えるつもりはない、と最後に言ってきた。
「そう、ですか。わかりました」
お給金さえもらえれば、なんでもいい。
そう割り切って、なずなも深入りをするのは止めることにした。
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