第4話 アリーシャ魔剣を受け継ぐ

 リーゼロッテお母様の部屋は一言で言い表すと絢爛豪華であった。

 鶴が描かれた大きな壺や絹の国セリカの女性が描かれた絵画などなどあげればきりがないほどの豪華で珍しい調度品が所狭しと置かれている。

 そのほとんどはヴァルカナ自由都市連邦やリヴァイラン海王国を通じて手に入れたものたちである。

 リーゼロッテお母様はどかりとソファーに腰掛け、妖艶な仕草で足を組む。

「ところでアリーシャ、お腹空いてるんじゃない?」

 ぱたぱたと鷲の羽団扇をお母様は私に向ける。


 そう言えば舞踏会にはご馳走がいっぱいあたけど一口も食べていない。だって婚約破棄されて、そのまま王城を去ったのだから。

 お腹の虫がなっているわ。カールに聞かれたら恥ずかしわね。

「ええ、空いています」

 私は正直に答える。


「そう、じゃあ何か用意させましょうか。わたくしもご一緒にいただこうかしら」 

 リーゼロッテお母様は呼び鈴をならす。チリンチリンチリンと心地よい金の音が三度鳴る。三度目の鐘が鳴り終わる前にノックの音がする。

「失礼いたします」

 渋い低い声で入ってくるのは燕尾服を隙なく着こなしている執事のセバスチャンである。白髪に見事な白髭をたくわえた彼こそ我がハイゼンベルグ家の執事長である。

「何か食事を用意してくださるかしら」

 リーゼロッテお母様が最後まで言い切る前に、セバスチャンはかしこまりましたと言い、部屋を出た。

 すぐにセバスチャンは綺麗にカットした果物類とサンドイッチを銀のトレイに乗せ、戻ってきた。予知能力でもあるのではないかというほどの手際の良さだ。

 サンドイッチはアルカディア王国で百年前に流行した料理だ。サンドイッチ伯爵を自称するギャンブル好きの男が好んだことに由来する。

 ちなみにサンドイッチ伯爵家なる貴族はこのアルカディア王国には存在しない。


 私は野菜のサンドイッチをぺろりと平らげる。マスタードがいいアクセントだ。飲み物がほしいなと思ったところにセバスチャンが紅茶をいれ、目の前に置いてくれた。それはハーブティーですっきりとした香りが心を落ち着かせてくれる。

 お母様もチーズとハムのサンドイッチをぺろりとたいらげる。

 どうやらお母様は二日酔いでこの日は食事をとっていなかったようだ。表向きは病気で舞踏会を欠席したのだが、本当は米のお酒を飲みすぎたからだ。

 リーゼロッテお母様があの場にいたら、もっとややこしいことになっていたのは間違いないわ。



「ふーん、それでシオン王子を平手打ちして帰ってきたのね。ほほほっ……」

 リーゼロッテお母様はセバスチャンにカットした林檎を食べさせてもらっていた。


「それでアリーシャ、これからどうするのかしら?」

 リーゼロッテお母様はミルクたっぷりの紅茶をすする。サンドイッチを食べきり、どうやらお腹を満たされ、お母様は眠そうだ。

 セバスチャンはお母様の肩に絹のストールをかける。


「お母様、私、このカールと共に国を出ようと思います。シオン王子から婚約破棄されたのですから、もうこの国の王家には興味はありません。私はカールをこのハウゼンベルグ家を継ぐにたりる人物にするため、外国で功績をあげようと思います」

 私はリーゼロッテお母様にそう言い、ハーブティーを一口すする。

 この家を出るとこのハーブティーが味わえなくなるのが、残念でならないわ。


「なるほどね、面白い考えね。我がハウゼンベルグ家を継ぐに足りる人物になるには英雄と呼ばれる存在にならなくてはいけなくてよ。アリーシャはその覚悟がありそうだけど、カールあなたはどうかしら?」

 リーゼロッテお母様は鷲の羽団扇をカールに向ける。

 カールは数秒考え、口を開く。

「アリーシャ様、いえアリーシャと一緒になれるなら何だってします」

 あらっ呼び捨てにされたのに何だかうれしいわ。


「おーほっほっほっ!!」

 もうけっこうな夜中なのにお母様は得意の高笑いをする。

「よろしい、よろしくてよ。カール良く言いました。セバスチャン、アリーシャに我が家宝アロンダイトを!!」

 リーゼロッテお母様がセバスチャンに命ずると彼は部屋を出ていく。ほんの数秒でセバスチャンは戻って来る。

 セバスチャンは私に黒い鞘に収められた一振りの剣をうやうやしく差し出す。

 それは私たちの祖である妖精の騎士と呼ばれたランスロットが所持していた長剣である。決して錆びず、刃こぼれもしない。この魔剣の名をアロンダイトという。


「わたくしからの餞別です。この魔剣アロンダイトでアリーシャ、カールと共に英雄となりなさい!!」

 その言い、リーゼロッテお母様は得意の高笑いを部屋中に響き渡らせた。

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