第10話 カールの幼馴染

 風呂屋から出たカールは待ち合わせにしたレストランでアリーシャたちを待っていた。

 カールは一人で大衆浴場に行ったので、出てくるのはかなり早い。

 アリーシャらはまだまだでてこないだろうと彼はふんでいた。 

 最近はアリーシャはアルメンドラとよく話をするようになった。気取らずに話をできる相手を見つけられて、実に楽しそうだ。



 カールが待ち合わせに選んだレストランはごく一般的なところで、エルデンローザの市民たちで賑わっていた。

 一人で果実をしぼった飲み物を飲みながら、まっていると目の前にアリスがあらわれた。

 失礼しましと言い、アリスはカールの向かいに座る。

 すぐにウェイトレスが来たので、アリスは冷たい紅茶を頼んだ。

 ウェイトレスがきえたあと、アリスは口を開く。

「こうしてあなたとお話をするのは久しぶりね」

 まだ乾いていない濡れた黒髪をアリスは撫でる。

「孤児院にいたときだから、十二年ぶりかな」

 顎先に手をあて、カールは思い出す。

 


 アリスとカールは同じ孤児院の出身であった。

 十二年前、カールは子供のいないハウゼンベルグ家の庭師にひきとられた。アリスも同じように長女を亡くしたばかりのカーラグ男爵夫人にひきとられた。カーラグ男爵夫人が言うにはアリスは病死した彼女の娘と瓜二つだったという。しかもアリスという名も同じだったのだ。

 これを知と運命の女神リラの導きだと考えたカーラグ男爵夫人はアリスを養女としたのである。



「そうね、手紙では何度かやりとりはしたけどね」

 ウェイトレスが氷の入った紅茶をアリスの前に置く。それをアリスは一口飲む。

「あんたが馬車から出たときは本当に驚いたよ」

 カールも果実水をごくりと飲む。

「そう、私はあなたがあそこにいてよかったと思ったわ」

 ふふっと可愛らしい笑みをアリスは浮かべる。


「カール、あなたがアリーシャ様と仲よくなってくれて本当によかったわ」

 アリスはじっとテーブルを見る。そのあと、カールの茶色みがかった瞳を見る。

「それはアリス、君の手紙のおかげだよ。君の助言がなければ僕は行動できなかったよ」

 カールのその言葉を聞き、それはよかったわとアリスは答える。

 次にアリスは意を決した表情で口を開く。

「その……言いにくいことなんだけどあなたたち、その……こ、子供ができるようなことはしていないでしょうね」

 アリスの質問はカールにとって予想外で驚くものだった。こんなところで何を訊くんだとカールは驚きを隠せない。だが、不思議と怒りは感じなかった。

 それはアリスの瞳があまりにも真剣なものだったからだ。


 その突拍子もない質問にカールは顔を赤くする。

 カールは首を左右にふり、してはいないということを無言で意思表示する。

 たしかにカールはそういうことはしていない。

 美しいアリーシャのことを好いているカールは、考えなくもないがまだ旅にでたばかりでそれはいけないと考えていたからだ。

 それにしてもアリーシャはカールの前では無防備がすぎるので、その欲望を抑えるのはかなり難しいことではあったが。今のところカールは事に及んだいない。

 もしかするとアリーシャは受け入れてくれるだろうが、まだ時期尚早だとカールは判断した。


 カールの返答を聞き、アリスはほっと息を吐く。

「よかったわ……」

 アリスは言う。

 何がよかったのだろうかとカールは訝しげな視線をアリスに向ける。

「これから約一年後にシオン王子派とシリウス王子派に分かれてアルカディア王国は内乱になるの。そしてその間隙をついて北のエルフィニア聖樹王国と南のザハラ砂海王国に挟撃されるの。その混乱の中、私もあなたたちも死んでしまうの。アリーシャ様はエルフィニア聖樹騎士団相手に奮戦するのだけど、身重の身では思うように動けずに死んでしまうの……」

 そこまで言うとアリスは残りの冷たい紅茶を一気に飲み干した。

 白いアリスの顔が青ざめているようにカールは見えた。

 その内容はあまりにも衝撃的すぎてカールの理解の範囲をはるかに越えていた。

 アリーシャに相談したいとカールは思った。

 アリスの言ったことは荒唐無稽すぎてにわかにはカールには信じられない。だが、あまりにも真剣なアリスの瞳に嘘ではないとカールには思えた。

 それにアリスはカールにそんな嘘をつく理由はない。

「そ、それで俺にどうしろって言うんだ」

 カールは絞り出すようにその言葉を口にだす。


「カール、あなたには一年以内にその二王子の内乱を起こさないようにしてほしいの。それが私たちの生き残る方法よ」

 アリスはじっとカールを見つめる。

 カールは頷くほかなかった。


 しばらくして、アリーシャたちがお風呂から出てきた。アリスとカールは先ほどまでの暗い雰囲気がなかったかのように食事を楽しんだ。だが、カールの頭からは真剣な顔でうったえるアリスか離れることはなかった。

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