第9話 アリーシャは入浴する
エルデンローザのさらに東には広大で肥沃な大地が広がっている。アルカディア王国における最大の穀倉地帯だ。そこはアルカディア王国だけでなく大陸でも屈指の穀倉地帯であった。アルカディア王国を支える基盤の一つといえる。
この肥沃な大地から収穫される作物のほとんどはここ農業都市エルデンローザに集約される。
そしてエルデンローザを起点にアルカディア王国各地、さらに外国へと運ばれるのである。
私はエルデンローザの低い城壁をくぐる。
この都市へ入るのは日が沈むまでなら、ほとんどの人間が自由に通行できる。もちろんおたずね者などを見つけるため、門番が厳しい目を光らせている。
私が通るときには門番は真面目な顔をしていたのにアルメンドラが通るときにはそこまで伸びるかと思えるほどに鼻の下をのばしていた。
どういうことかしら。
たしかにアルメンドラは踊り子というだけあってその体は魅力的だけど、私だって負けてはいませんことよ。
「アリーシャ、このエルデンローザには風呂屋がいくつもあるそうだよ。収穫物を運ぶ人たちのために公衆浴場が発展したらしいよ」
カールがぷりぷりと怒っている私をなだめるためか、話題をふる。
お風呂という言葉を聞き、私は飛び上がるほど喜んだ。この数日はろくに入浴していなっかたので、気持ち悪かったのですのよ。
「いいね、私も久しぶりにお湯に浸かりたいよ」
アナベルも賛同する。
「エルデンローザには塩を溶かしたお湯もあるらしいです。お肌にとてもいいとか」
アルメンドラが良い情報を伝える。
私はベガを馬車に寄せ、車内のアリスに声をかける。
「アリス、お風呂にいきませんこと?」
「あっはい……」
アリスだけはどこか乗り気ではないようだ。
だからといってお風呂にはいきますわ。もうこれは決定事項なのですわよ。
私たちは宿屋に行き、手続きを済ませる。
さすがは王国の七大都市に数えられるエルデンローザだ。宿場町の安宿とは違い、豪華なホテルがいくつもある。
カールが選んだのはそのなかでも中ランクの商人たちがよく使う宿屋だった。もうちょっと豪華なホテルでもよかったのに。
でもこれからのことを考えてカールも節約してるのだろう。ホテル自体は清潔で居心地が良さそうだったので、まい良しとしよう。
私たちはさっそく風呂屋に向かう。風呂屋の種類も多種多様だ。ホテルを安く済ませたぶん、カールはかなり豪華な入浴施設を選んだ。
カール自身は男一人なのでごく一般的な大衆浴場でいいと、言いそちらにむかった。
アルカディア王国での入浴は薄い生地でできた入浴用の服をきてはいるのがごく一般的だ。袖がなく、筒のような形をしている。
私とアルメンドラはその入浴用の服がぱつぱつでかなり苦しかった。特に胸のたあたりがである。
アナベルはごく普通に着ていて、アリスには大きかった。
もしかしてアリスったら体のことを気にしていたのかしら。アリスは顔が可愛いいから良いじゃないの。異性に怖がられることもないでしょうに。
私は髪と体を洗い、湯船につかる。
熱めのお湯が肌をさし、心地よい。ジワリと汗がにじむ。このあとの冷えたエール酒が楽しみだ。
エルデンローザの名物であるオレンジの果肉が入った石鹸で体を洗ったので、我ながらいい匂いがする。これはアルメンドラにすすめられて、購入したものだ。
男性はこういうさわやかな香りを好むとアルメンドラに教えられた。
アナベルはそれほどだが、どうやら私はアルメンドラとは気があいそうなのだ。
前に一緒に踊ってから、不思議と話をするようになった。もしかして私、カール以外の友達って初めてかもしれませんわ。
ギルフォード学園時代にクラスメイトはいましたけど、こうやって身分のことなんかを忘れて話す相手は初めてかも知れない。
私とアルメンドラがお酒にあう料理の話をしているとアリスが湯船に浸かる。
その時、湯船につかるアリスの入浴用の衣服の隙間からあるものを見た。
それは烏の入れ墨だった。
おへその下あたりにそれはあった。
もしかしてアリスはこれを見られるのが嫌だったのかしら。
貴族の娘では珍しいけど市井の人々のなかでは入れ墨はごく一般的なおしゃれとしてひろまっている。げんにアルメンドラも首の後ろに薔薇の入れ墨を入れている。
薔薇はたしか美の女神ヴィアンナの象徴だ。
アルカディア王国では自分が信仰する神が象徴するものをその体に刻む風習がある。
それにしても髪をかきあげるアルメンドラは色っぽいわ。私もそうしてみようかしら。
アリスは私の隣に浸かる。
すぐにその白い顔を赤く染める。
「私、のぼせたかもしれませんわ。お先に失礼いたします」
百も数えていないのにアリスは湯船を出た。
アリスは熱いお湯が苦手のようだ。
それにしてもアリスの入れ墨ってなのん象徴だったかしら。
私は学園時代の神学の授業を思い出す。
あっそうだわ。
そうそう、烏は死と夜を司る女神セラフィーヌの使徒だったわね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます